卒業論文制作基礎

卒業論文制作基礎

1.この授業について

 久留米大学文学部情報社会学科を卒業するための唯一の必修科目、卒業論文。卒業論文では自分の設定したテーマについて情報を集め分析し報告することが求められます。この授業では、この卒業論文を書くために必要なことを理解しているかどうかを確認します。

単位認定の条件

  1.卒論のテーマを決め、卒論の序論(卒論の概要)を提出する。
  2.論文の引用などの著作権理解についてのテストに合格する。

1単位7コマ授業

 7回目の授業で試験を行います。
 不合格の場合、合格するまで授業に出席し、試験を受け続けてもらいます。

2014年度
   初回試験合格   6名
   2回目試験合格 13名
   3回目試験合格  7名
   4回目試験合格 17名
   5回目試験合格  7名
   6回目試験合格  9名
   7回目試験合格  4名
  (8回目試験合格  4名)
  (9回目試験合格  1名)
  (10回目試験合格 2名)

 2017年度
   初回試験合格  16名
   2回目試験合格  9名
   3回目試験合格 16名
   4回目試験合格  3名
   5回目試験合格  1名
   6回目試験合格 17名
   7回目試験合格  2名
  (8回目試験合格  0名)
  (9回目試験合格  0名)
  (10回目試験合格 2名)

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タイトル

背景説明(事物の説明/先行研究の紹介)

問題提起

方向づけ

全体の予告

人間関係を円滑にする断り方とは何か-なぜ大学生はNoと言えないのか-

盛田・石原(1989)が示すように、日本人は相手にNo(ノー)とはっきり伝えることが苦手な国民性をもっている。和を大切にする日本人の中で、相手の意向を断るときに、Noとはっきり言葉に出すと、相手との人間関係にひびが入ることを恐れ、結局は、あいまいな表現を用いて、こちらがNoと意思表示していることを、察してほしい、気づいてほしいと考えることがある。先生や先輩から何かを依頼されたとき、自分の事情があり、断りたいときがあるが、どのように断れば心証を害せず断ることができるのか。断り方のコミュニケーション技法に関する授業やテキストは見当たらない。しかし、ビニネス書には断り方に関する書籍は多くみられる。学生時代は、先生と友達という人間関係でよいが、社会人になると、仕事で人間関係を損なうことは仕事に影響するからではないか。上手な断り方を身につけたいと思う大学生は多いのではないか。就職活動の際、内定先に断りの連絡を入れるときに、悩む学生も多いであろう。大学生時代に上手な断り方を身につければ、社会人になったとき、職場環境に慣れるのも早いのではないか。サービス接遇検定で用いられる接客用語にも、クッション言葉(恐れ入りますが~)や、依頼形(~してはいただけませんでしょうか)、などの、婉曲的な柔らかい表現を覚えることが要求されている。<参考文献>盛田昭夫・石原慎太郎(1989)『「No」と言える日本』光文社.

相手との人間関係を損なわず、効果的に断る方法はあるのだろうか。また、言葉に表現されない断りのサインは、どのように判断すればよいのか。本研究では、上手な断り方、つまり、人間関係を円滑に維持したうえでの断り方の表現方法について明らかにすることが目的である。

先行研究として、積極的な主張を行うコミュニケーション技法として、アサーティブという手法がある。積極的な主張を、断りの場面で使う場合、どのような方法を用いた断り方が最も効果的かを、状況別に設定した質問紙調査で調査を行い、実際の断り方、望ましい断り方を調べる。()ケーススタディー形式での質問。ある日、アルバイト上司(もしくはサークルの先輩)から、食事に誘われました。その上司(もしくは先輩)というのは、あなたにとって一緒に食事をしたくない相手でした。そのとき、あなたはどのようにしてこの誘いを断りますか。調査対象は、大学2年生・3年生にする。なぜなら、人間関係が多様化し始める時期であり、相手への配慮が必要な人間関係の始まる学年だからである。

実際の断り方は、攻撃的、もしくは消極的な断り方を行っているが、望ましい断り方はアサーティブ(積極的な主張)を用いるほうがよい、という結果になることが予想される。ただし、アサーティブというコミュニケーション技法を知らない大学生が多いため、その伝え方をどのようにするかが今後の課題。また、男子学生と女子学生を比較した場合、女子のほうが消極的な断り方、つまり、はっきり断ることが苦手な傾向にあるのではないかと考える。

自然災害時における警報の有用性~九州北部豪雨を例に

日本は比較的雨の多い気候であり、全国各地で豪雨による災害が度々起こっている。筑後地域においては、1953年に筑後川流域で発生した大水害が有名で、建設省九州地方建設局筑後川工事事務所(1976)のまとめによれば、この水害で54万人余りの人々が被災し、死者は147人にのぼったとのことである。こうした豪雨災害から人々を守るべく、気象庁は各種注意報や警報を発表し、災害から身を守る行動をとるように呼びかけている。気象庁HPによると、大雨に関しては「大雨による災害が発生するおそれがあると予想したときに」大雨注意報を、「大雨による重大な災害が発生するおそれがあると予想したときに」大雨警報を発表するとしている。更に気象庁は2013年、未曽有の大規模災害に対応すべく、新たに特別警報を導入した。大雨特別警報の発表について気象庁HPでは「台風や集中豪雨により数十年に一度の降雨量となる大雨が予想され、若しくは、数十年に一度の強度の台風や同程度の温帯低気圧により大雨になると予想される場合に発表します」と説明されている。しかし、この特別警報が必ずしも活かされていない現状も存在する。201310月、伊豆大島(東京都大島町)で特別警報に値する降水量が観測されながら、特別警報が発令されなかった。読売新聞(20131016日)は「雨が局地的で、基準の一つである「府県程度の広がり」にならなかったため、同庁は特別警報を出さず、都や同町に電話で警戒を呼びかけるにとどめた」と伝えている。

なぜ、人々の安全をはかるために出される気象警報が、人々の安全につながらない事態が発生するのだろうか。気象庁や自治体が出す情報を、人々がどのように受け止めたのかが、カギとなるのではないだろうか。

この論文では、2012年に発生した九州北部豪雨を取り上げ、大きな被害を受けた自治体の1つであるうきは市の住民を対象に、災害が発生した当時の行動・心境や、安全に関する情報に対する意識について聞き取り調査を行う計画である。警報の有用性を、情報を受ける市民の内面の情報をもとに検証する方針である。

この論文は以下のような構成を予定している。第2章では、気象庁が発表する警報が活かされなかった過去の豪雨災害の例を紹介する。第3章では、九州北部豪雨および、調査対象であるうきは市の対応についてまとめる。第4章では、うきは市の住民に行う聞き取り調査の詳細を掲載する。そして第5章で、先行研究および聞き取り調査の結果をもとに、気象警報の課題を考察しまとめる。

なぜアンパンマンは幼児に人気があるのか―親子でのアンパンマンキャラクターの支持の違いに着目して―

福岡市の中洲川端にアンパンマンミュージアムが開設されたのは20144月である。アンパンマンという子ども向けのアニメのミュージアムが福岡に開設されるほど、アンパンマンは多くの支持を得ている。来場者の多くは親子連れだが、大人になってもアンパンマンが好きな来場者もいる。なぜアンパンマンは子どもだけでなく、幅広い世代の支持を得ているのか。

乳幼児のキャラクタ志向に関する研究としては、西川(2010)が挙げられる。ここでは、子ども2歳児にはアンパンマンが大好きになるが、5歳児になると「ださい」と感じることが明らかになっている。アンパンマン向けのキャラクター商品の対象年齢も5歳までが圧倒的に多い。このようにアンパンマンは5歳までを対象としたアニメと考えられるが、LINEのスタンプにアンパンマンのキャラクターが取り入れられていることから、大人の人気も得ているものと考える。

<参考文献>西川ひろ子(2010)「乳幼児のキャラクター志向に関する研究―何故、子供は2歳のときに、アンパンマンが大好きになり、5歳になると「ださい」というのか―」安田女子大学紀要、38pp0139-147.

なぜアンパンマンは幼児に人気なのか。親子でアンパンマンを楽しめるのは、親もアンパンマンに魅力を感じているからではないか。本研究では、子どもと一緒にアンパンマンに接するうちに親もアンパンマンが好きになるのではないかということを明らかにすることが目的である。

調査対象としては、アンパンマンミュージアムに来る親子連れの親に対し、半構造化面接法によるインタビュー調査を行うことにする。子どもの好きなアンパンマンのキャラクターと親の好きなキャラクターは異なるという仮説を検証する予定である。

また、アンパンマンミュージアムがなぜ開設されたのか、中洲川端にあるアンパンマンミュージアムの設立経緯を、関係者にインタビュー調査を行う予定である。

子どもが好きなアンパンマンのキャラクターは、アンパンマンやバイキンマンなど主役級のキャラクターを好きになっている。それは、これらキャラクターには子どもが好む色や形の要素が含まれているからだと考える。これに対し、親の好きなキャラクターは2通りあり、子どもに引きずられて子どもと同じ主役級のキャラクターを好きになる場合と、親の好みで好きになる脇役のキャラクターがあるのではないかと考える。親も楽しめる脇役のキャラクターがいることで、親子でアンパンマンを楽しめるため、アンパンマンは、アンパンマンミュージアムが開設されるほど支持されるアニメになっていると考える。

SNSの危険性~Twitterでの炎上とネットリテラシー

最近、FacebookmixiなどのSNSサイトやアプリなどが若者を中心に流行となっている。しかし、その中でネットリテラシーを欠いた個人を特定する画像や記事などを投稿し、炎上するケースが表立ってきていている。未成年者までもがネットの危険性を知らず、個人を特定するような画像や記事などを発信していくことの危機感が低下している。近日としては、アルバイト先で問題行動を写真でTwitterに投稿し炎上している、いわゆる“バカッター”が記憶に新しい。

その観点より、なぜ若者はSNS特にTwitterでの炎上とネットリテラシーはどのように欠如しているのか、どうして個人を特定するような画像や記事などを投稿し炎上するリスクを知らないのか。

この論文では考察するためにネットリテラシーとは何か。

SNS特にTwitterでの炎上となった事件や記事などを新聞記事から収集や分析などを行う。

まず第一章ではSNSでの問題行動にあたるものを紹介し、ネットリテラシーとは何かを論じていく。

次章ではSNSで実際に炎上となった問題行動を紹介していく。

若者と選挙インターネットやSNSの利用による影響

 メディアが選挙に与える影響については、以前より語られていた。たとえば1960年のアメリカ大統領選におけるケネディのテレビ討論での効果的活用による勝利などがある。近年、新聞やテレビ、ラジオ以外の新しいメディア、インターネットやSNSの利用が普及している。しかし、選挙へのインターネットなどの影響については否定的な意見がある(皆吉、柴田 2006)。

果たしてインターネットの利用の普及による選挙への影響は全くないのだろうか。

この論文ではこの問題を考察するために次の調査を行う。インターネット利用の普及の現状についてのドキュメント分析、ならびに政治のメディアの利用についてのドキュメント分析。実際に久留米大学生へのインターネットやSNSの利用によって選挙へ影響が出たのかについて調査票調査を行う。

以下の第二章ではインターネットの利用と政治への関連性について、第三章では久留米大学生への調査票調査の分析結果を記述する。第四章ではメディアが与える若者への投票の影響を明らかにしていきたい。

アニメのヒロインにみる「戦う少女」の時代変遷

中川(2011)によれば、「戦う少女」として描かれたアニメとして『リボンの騎士』や『美少女戦士セーラームーン』、『プリキュア』などが代表的に存在する。これらのアニメに共通するのは少女がヒロインとなり、何かと戦っているところである。「少女=戦う」というのは、強い女性をイメージさせる。女性、特に少女は守ってもらう、弱い立場という考えが性別役割分業観の中には根強く存在している。このステレオタイプの考え方に立ち向かうものとして、大人の女性ではなく中性的な少女をヒロインとして描かれたのがアニメの世界である。

しかし、「戦う少女」のアニメはどれも同じストーリーというわけではない。ヒロインやヒロインを取り巻く登場人物も時代とともに変化をしているようである。戦いながらも自分を守ってくれる男性を求めているタイプ、逆に男性に頼らずに自分だけで戦い続けるタイプなど内容をよく見ると少女の描かれ方に違いがある。そして「セーラームーン」では恋愛要素が多く、常に恋愛が絡んだストーリーであるが、「プリキュア」はシリーズを重ねると共に恋愛要素は控え、女友達との友情や家族愛を中心としたストーリーへと変わってきている。

女性の生き方や女性の役割はアニメのヒロインを通して変わっているのだろうか。「戦う少女」にはジェンダー形成がかかわっているのか。

<参考文献>中川裕美(2011)「少女漫画の『戦う少女』にみるジェンダー規範:『リボンの騎士』から『美少女戦士セーラームーン』まで」愛知淑徳大学大学院現代社会研究科研究報告、第6号、127-142頁.

「戦う少女」は揺れている。「戦う少女」として描かれているヒロインは、どのタイプの女性をモデルとして描かれているのか。男性と比較して女性はどのような位置づけに置かれているのか。

「戦う少女」は、女性になる前の少女の揺らぎをジェンダーの視点から描いていると考える。そこで、「戦う少女」が戦っている時期、女性に成長した後の生活形態の違いに着目し、時代背景と女性の生き方の多様化に影響されながら描かれ方が変遷していることを明らかにすることが目的である。

「戦う少女」は時代とともに変遷しているということを明らかにするために、『美少女戦士セーラームーン』、『プリキュア』を研究対象とする。『美少女戦士セーラームーン』は、1992年から放映され、「戦う少女」時代の後に、タキシード仮面(男性)と結婚し、良き母、良き妻になっている。他方、『プリキュア』は、2005年から放映されているが、「戦う少女」時代に出会った男性とは結婚せず、現在も少女のまま戦い続けている。1990年代前半と2000年以降のこの2つの時期は女性労働や女性の働き方も大きく変化した時期である。女性の生き方が大きく転換している時期に放映されたこの2つの「戦う少女」をテーマにしたアニメは、女性の生き方を反映したアニメという観点からも比較検討することができる。

研究方法としては、『美少女戦士セーラームーン』、『プリキュア』のドキュメント分析を行う。

『美少女戦士セーラームーン』、『プリキュア』を比較した結果、この2つのアニメには1990年代と2000年代の女性のライフスタイルの変化が影響していると考える。

1990年代の女性のライフスタイルは、仕事は結婚・出産までは働き、その後家庭に入り、育児に従事した後にパートで再就職するというモデルが主流だった。しかし、2000年代以降には、結婚・出産後も産休・育休を利用して働き続けたいという女性が増えてきた。このような女性のライフスタイルの変化が「戦う少女」のアニメにも反映されていると考える。

また、「プリキュア」は女性らしい「性」を隠す戦闘服だが、「セーラームーン」は、「性」を前面に打ち出した変身シーンや戦闘服になっている。戦闘服の違いからも男性の目を意識したものと、女性を打ち消して中性的な立場を打ち出すものに、働く場での女性の意識が投影されているのではないかと考える。

ブックスタート~イギリスと日本の違い

ブックスタートとは、地域で生まれたすべての赤ちゃんとその保護者を対象に、読書の体験とともに無料で絵本をプレゼントし、赤ちゃんと保護者が絵本を通じて触れ合う時間を持つきっかけを作る運動である。この活動は1992年にイギリスで始まり、次いで日本でも2001年に始まった。翌年2002年に特定非営利活動法人(NPO)ブックスタートが設立され、20138月末現在、856市区町村に広がり、普及率は約50%となった。この活動は、主に自治体の財政源で、図書館や保健センター、子育て支援センター、住民ボランティアが連携して、配布時に読み聞かせなどを行っている。実施の時期は0歳児健診などで、絵本とともに子育てに役立つ資料やグッズ、アドバイス集などが入ったブックスタートパックが配られる。

日本では200111月に東京都杉並区での約200家庭を対象とした試験実施を経て20014月に12市町村で本格的な活動が始まり、広がっていった。しかし現在は普及率50%であり、全部の市区町村で行われているわけではない。

(1)NPOブックスタート
http://www.bookstart.or.jp/about/ayumi.html
(
閲覧日2014626)

(2)JapanKnowledge+ 現代用語の基礎知識,デジタル大辞泉

(3)http://japanknowledge.com/lib/search/basic/index.html?q1=ブックスタート

&r1=1&sort=1&rows=20&pageno=1&s=s (閲覧日2014626)

イギリスではじまったブックスタート事業であるが、日本とイギリスのブックスタートの活動などには違いはあるのだろうか、またあるならばどのような違いなのか。そして現在行われているブックスタートの活動の問題は何なのかを調査する。

ブックスタートの起源や歴史について文献調査を行う。

イギリスと日本のブックスタートについての情報を集めて、違いを探す。日本についてはNPOブックスタートを中心に調べる。インターネットなどから。

実際にブックスタートが行われている筑後市立図書館でインタビュー調査を行い、ブックスタートの現状、課題について調査する。

以下の第二章ではブックスタートの起源と活動内容(日本)、歴史について、第三章ではイギリスと日本それぞれのブックスタートの違いを分析、第四章では実際にブックスタートが行われている筑後市立図書館を事例に、現状と課題を調査する。(最終章では、イギリスと日本の違いとブックスタートの現在の課題についてまとめる。)

日本映画の変遷~日本映画再生~

映画とは、写真的方法によってフィルム上に記録した画像を光学的方法でスクリーン上に投影するもので、動きのある映像を見せる装置、またはそれによってつくられる作品をいう。(1

映画は、大衆の娯楽として親しまれ、ときには優れた芸術作品として人々の感動をよんできた。(2)映画に人生観を変えられたなんていう人もいるのではないだろうか。

私は、周囲の影響もあり、幼いころから映画が大好きで、これまで洋画・邦画などのジャンルを問わずたくさんの映画を観てきた。ここ数年は年間100本程の映画を鑑賞し、自分自身が気づかないうちに日本映画を多く観ていることに気づいた。日本映画を多く観るようになった理由はなぜだろうと興味を持ったことが、日本映画をテーマにした動機である。

日本の映画市場は1970年代以降 “洋高邦低”と言われ、海外映画が日本映画を上回っていた。しかし、2006年以降、観客動員数・興行収入で日本映画が海外映画を上回り、2012年には1969年以来43年ぶりに日本映画が60%台を回復したのだ。(3

1映画“, 日本大百科全書(ニッポニカ), JapanKnowledgehttp://japanknowledge.com,
閲覧日2014-06-19

2日本映画“, 日本大百科全書(ニッポニカ), JapanKnowledge(http://japanknowledge.com, 閲覧日 2014-06-19)

3nippon.com
http://www.nippon.com/ja/features/c01102/ ,
(閲覧日 2014/6/19

果たして日本映画はどのように変化し、ここまで上り詰めたのだろうか。日本映画の魅力とはなんなのか。そして、その復活の兆しにある背景にはなにがあるのだろうか。

本稿では、日本映画がどのように変化してきたのか日本映画の歴史を辿り、日本映画がどのように変化してきたのか多角的に研究し、日本映画の復活の兆しの背景にあるものはなんなのか、果たして日本映画は本当に復活しているといえるのかを明らかにすることである。また、日本映画の現状を知った上で、日本映画に残された課題や今後の日本映画の未来について考察する。調査方法として、文献調査で検証したところに、この論文の特徴がある。

調査方法①戦後~現在までの日本映画の観客動員数・興行収入を分析する ②小説・漫画原作の映画とオリジナル作品にジャンル分けし、年代別にカウントし、分析する
③テレビと映画の関係について考察し、まとめる。

以下の第二章では戦後~1990年代の日本映画の変遷について、第三章では2000年~現在までの日本映画の変遷について記述する。第四章では、戦後~1990年代の日本映画と2000年~現在までの日本映画を比較し、小説・漫画原作の映画の増加、テレビと映画のつながりから見られる、日本映画復活の背景にあるものを論じる。そして、最終章では日本映画が果たして本当に復活しているといえるのかを日本映画の今後の課題とともに明らかにする。

「街かど恵比須さん」がもたらす地域活性化

佐賀市は、佐賀県の県庁所在地で、かつては、佐賀駅から南へ向かって商店街が立ち並び賑わいを見せていた。しかし、大型商業施設が郊外に相次いで出店し、マイカーの普及、増加に伴い、人々の足は遠のいていった。現在、佐賀市の中心街の活性化の足掛りとなるべく、日本一の数を誇る恵比須像を活かした活動が注目され始めている。平成21年度には、様々な日本一を認定する機関から、正式に佐賀市は恵比寿像の数日本一の街であるという認定をもらっていると村田は論じている。(村田 2013)。既存の恵比須像にスポットを当て、新たな角度から切り込んで、衰退しつつある街に活気を取り戻す為の取り組みに着目し、その成果の検証をする。

恵比須DEまちづくりネットワークの活動である「さが恵比須八十八ヶ所めぐり」によって佐賀の中心街がどのように変化しつつあるのか。またこの活動にはどういった課題があるのかを考察する。

この論文では問題を考察するために次の調査を行う。①佐賀の中心街について、過去と現在を調査し変化の過程の情報を収集する。②水木しげるロードと比較を行うため水木しげるロードの成り立ちや、活動をしたことによって商店街がどのように変化していったかを調査する。③自らさが恵比須八十八ヶ所のスタンプラリーを体験しながら、各店舗や観光施設の人にインタビュー調査を行い効果や問題点等を尋ねる。また、スタンプラリーを経験し、この活動の課題を考察する。

第二章では、なぜ佐賀に恵比須像が多いのかということについて、第三章では、水木しげるロードとさが恵比須八十八ヶ所めぐりの二つの活動を比較し、恵比須活動に取り入れるべき項目の可否を調査する。第四章では、各店舗や観光施設の人にインタビュー調査を行い調査結果をまとめる。第五章では、この研究すべてを通して明らかになったことをまとめる。

ロックバンドとアニメ~ロックバンドのアニメとの関係性~

ロックバンドとはなかなか表舞台には出てこないものである。基本的にロックのフェスティバルなどでメジャーなものからマイナーまで見かけるが、ロックバンドはメジャーデビューを果たしたものはテレビに出たり、紅白歌合戦などに出場するなど成長を遂げているのものは極めて少ないのである。メジャーデビューを果たしたロックバンドや、これから人気が出るであろうロックバンドなどが最近のアニメ主題歌に起用されているものが多いのである。

一体ロックバンドがなぜアニメ主題歌に使われるようになったのかロックバンドの楽曲をアニメ主題歌として使用することによってどのような利点がうまれるのだろうか。ロックバンドが使われることに対してアニメファンはどう思っているのか。

この論文では問題を考察するために次の調査を行う。①ロックバンドがアニメに使われ始めた年代を調べ今の年代のものと違いを比べる。②ロックバンドは実際にどう思われているのか年代別にインタビューをする。

以下の第二章ではロックバンドの認知度について、第三章ではロックバンドをアニメ主題歌にしたことによる利点について結果を記述する。第四章ではロックバンドとアニメについて年代別にインタビューしてどう捉えられているかを明らかにしていきたい。

学生の就職に対する意識調査~久留米大学文学部情報社会学科の場合~

2014516日の日経新聞によると、大卒の就職率が3年連続上昇し、94.4%となっている。就職氷河期と言われ続けた時代を抜け、過去最低をマークした91.0%の2011年から3年連続の上昇である。久留米大学就職部のホームページによると、久留米大学は平成25年度の就職率は昨年度を1%上回り91.8%をマークしている。この数値は九州の総合大学ではトップクラスを確保している。

 そんな中、情報社会学科は文学部の中で2番目の90.0%をマークしている。就職率がよいといえる情報社会学科の学生はどのような意識を持って大学にかよっているのか。また、どのような意識をもって就職活動やその準備をしているのか。

 この論文では調査票調査を行う。対象は久留米大学文学部情報社会学科の1回生から4回生までの学生である。そして調査票調査で得たデータを集計、分析し結果を導き出す。調査方法は、各学年対象の学科の授業で依頼し調査票調査を行う。質問項目は(まだ決まっていません。箇条書きで書き出します。)。回答数は◯◯◯票である。

 以下の第2章では、調査の分析結果について、第3章ではまとめを提示していく。

若者の自動車離れについての一考察

M1?F1総研(2007,p2)によると「あなたは今車が欲しいですか?」と首都圏に近い13県に在住する29歳以下の年齢層の人たちに聞いてみると、昔に比べて「車を欲しいと思わない」と答える若者たちが増えてきている。そもそも、車とは1769年に、ニコラ=ジョゼフ・キュニョーが大砲を牽引するために蒸気機関を搭載した3輪の蒸気自動車が最初とされており、その歴史は蒸気船(1783)や蒸気機関車(1804)よりも古く、以来、自動車はガソリンや軽油、木炭などで動く内燃機関や、電気を使って動くモーター等、動力源は変わっても、人々の生活の足として重要な役割を担ってきた。しかし、自動車は一つの交通手段として使われてきただけではない。それまで人々の生活の足として活躍していた馬も、馬の良さを評価する品評会や、単純な速さを競うレース等の趣味性があったように、自動車にも同じく、自動車をデザインやエンジン等様々な視点から見て総合的な点数を競う品評会や、純粋な速さを競う自動車レース、車の装飾を競うドレスアップカーコンテストなど、自動車も一つの趣味として人々に親しまれている一面を持っている。そして、2000年以前までは若者達も自動車を購入し自分たちなりの改造をして格好良さを競ったり速さを競ったりと、若者達の趣味としても大半を占めていた、しかし、2000年以降地球温暖化等により厳しくなる排気ガス規制への適応や、原油価格の高騰や若者のライフスタイル自体の変化、各自動車メーカーによる行き過ぎたエコ偏重の商品作りなど様々な要因が重なり、若者達が車を購入しなくなり、若者の自動車離れが叫ばれるようになってきた。

M1?F1総研(2007,p14)の調査によると車は気分をリフレッシュするものと考える傾向にあるのは自動車の非保有意向者よりも保有者の方が多いという結果が出ている。これは自動車を運転しているときに運転を楽しい物と感じるか、苦痛なものと感じるかの差ではないのだろうか、ならば、若者は趣味としての自動車から離れて行っているだけであって利便性の良いものとしては車を保有したいと思っているのではないのか、そして、自動車メーカーは若者達にもう一度自動車に乗ってもらうために、どのような取り組みをしているのか?

 この論文ではこの問題を考察するために、主に若者の自動車離れについて書かれている書物や記事、研究報告書等をもとに、文献調査をおこない、地方に住む若者と都市に住む若者で、自動車についてどう考えがどう違うのかを調べるため、私が在学している大学の学生に対してアンケート調査を実施し、M1?F1総研の数値と比較・分析。また、自動車メーカーは、この問題に対してどのような対策をとり、若者たちに再び自動車に興味を持ってもらうのかを調査するため自動車会社に勤めるOBの方にインタビュー調査を行なう。

以下の第2章では若者の車離れとなぜ叫ばれるようになったのか。第3章では何故若者は車に興味を失ってしまったのか。第4章では若者のライフスタイルは現在どのように変化しているのかを学生にたいするインタビュー調査をもとにして考察する。第5章では若者の自動車離れが進むことにより、自動車業界が受ける影響。最終章では、若者の自動車離れはこれから加速するのか、それとも、無くなっていくのかを自動車会社に勤めるOBの方へのインタビューを元に明らかにしていきたい。

コミックマーケット(同人誌即売会)に惹かれる人々

 コミックマーケット、通称コミケ(またはコミケット)とは、マンガ・アニメ・ゲームなどのサブカルチャー的ジャンルの同人誌の展示・即売を主とする同人誌即売会イベントの一つである。

 同人誌とは、元々、「主義・志などを同じくする人たちが、自分たちの作品の発表の場として共同で編集発行する雑誌」(大辞林
第二版)のことだが、現在では同人誌即売会での個人サークルの活動も増えてきており、今までの集団(サークル)の意味での「同人」とは言わなくなってきている。

 国内最大の同人誌即売会イベントであるコミックマーケットは近年さらに注目を浴びている。コミックマーケットは、これまで多くの参加者に支持を得て、第一回の開催から今日に至るまで約40年の歴史があり、参加者が表現を発表する「場」としてなくてはならない存在になっている。その一方で、二次創作における著作権問題や、人気漫画『黒子のバスケ』脅迫事件など、コミックマーケットが取り巻く様々な問題や事件も起きているのも事実である。

人々がコミックマーケットなどの同人誌即売会に惹かれる理由は何なのだろうか。

そしてコミックマーケットを取り巻く様々な問題や事件にはどう対処していけばいいのだろうか。

この論文ではこの問題を考察するため次の調査を行う。①実際にコミックマーケット(同人誌即売会)へ出向き、人々がコミックマーケットなどの同人誌即売会に惹かれる理由を調査票にまとめ、参加者全員を対象に調査票調査を行う。②1975年から今日までのコミックマーケットを取り巻く様々な問題や事件についての書籍、雑誌、記事の収集と分析。

まず第一章では、コミックマーケットとは何なのか、コミックマーケットの歴史を含め紹介していく。

次の章では、実際に実施した調査票調査の結果を示して、人々がコミックマーケットなどの同人誌即売会に惹かれる理由は何なのかについて考察していく。

その次の章では、コミックマーケットを取り巻く様々な問題や事件について収集した資料を分析し、内容を示して考察していく。

学校における生徒指導の実態

 学校という教育機関において2000年頃~2010年頃まで実施されていた「ゆとり教育」。それまでの知識重視の「詰め込み教育」から脱却し、ゆとりある学校を目指した教育方針である。その主な内容は、学習時間の削減や生徒の個性を育てる教育をすること等で、それによって当時社会問題となっていた学校問題や青少年問題(いじめ・登校拒否・校内暴力など)の改善を図るものであった。私が小学生だった時のことを振り返ってみると、「生活」という教科があったり、土曜日が休みであったりと、確かにゆとり教育の一端に触れていたと感じる。

 今日、地域の小学校や中学校のホームページにアクセスしてみると、ほとんどの学校が「豊かな人間性を育む」「思いやりのある行動」「生きる力の育成」などといった教育理念を掲げていることが確認できる。更にその理念の達成のために「日々の挨拶活動」や「ボランティア活動」といった活動報告を掲載している学校もある。しかし、それでも近年の少年犯罪や青少年問題は目に余る程であると私は感じている。果たして学校で行われている生徒指導とはどのようなものなのか。そして、その成果は本当に出ているのだろうか。

 この論文ではこの問題を考察するために次の調査を行う。①おおよそ2000年から~2010年の間に実施された「ゆとり教育」と、それ以前の「詰め込み教育」。これら二つの時期における主な学校問題や青少年問題を調べ、分析する。この調査は久留米市立図書館で行う。②実際に生徒指導はどのように行われ、どのような成果を出しているのかについて、地域の協力してもらえる小・中学校にインタビュー調査を行う。

 以下の第二章では「ゆとり教育」に移行することとなった詳しい背景について、第三章では「ゆとり教育」が生んだ成果と新たな問題について、文献調査の結果を記述する。第四章では小・中学校における生徒指導の方法、成果などを先生方にインタビューしたものを分析し、最終章では「ゆとり教育」が子供にもたらした影響や生徒指導の理想の形などを考察し、明らかにしていきたい。

なぜ人々はカフェを好むのか~人気カフェから探る~

現在、全国どこに行ってもみかけるスターバックスコーヒーなどのチェーンコーヒーショップ。また同時にパンケーキやフレンチトーストなどを取り扱い、若者の関心を引くカフェ。近年では、コンビニエンスストアで、その場で本格的なコーヒーを淹れてもらえるサービスなどもある。

コーヒーは、江戸時代にオランダから伝わったものであり、長崎で広まり江戸に伝わったとされており、日本初の喫茶店は明治21年に4月に東京にオープンした「可否茶館」である。(河野,2011)

この時代の喫茶店から、現代のカフェはどのように変化してきたのであろうか。その変化の背景には、どんな時代の変遷があったのであろうか。

また、現代のカフェの存在価値はどこにあるのだろうか。

スマホなどの携帯電話が普及し、手軽にSNS等を使い情報を発信することができるようになった今、スターバックスコーヒー等のカフェを利用し、その写真をSNSに載せることはよくあることだ。

これはつまり、カフェというものが、本来持っていた意味を超えて、一種のステータスとなっているということではないであろうか。

カフェはただ飲み物を提供する場所ではなくなっていると、私は思うのである。

一方で、コンビニで本格的なコーヒーを提供するサービスが展開されるなど、コーヒーを楽しむとする本来の意味を持つものもある。

また、飲み物だけでなく食べ物にも人気を呼ぶ秘密があると私は考える。

前述したようにパンケーキやフレンチトーストなどである。

このような店には客層にも違いがあるのではないだろうか。

これらを通して人々がカフェを好む理由を探っていきたいと思う。

私はかつてタリーズコーヒーでアルバイトをしていたのだが、駅に併設されていたその店舗は、売店や自動販売機が隣接されていたにも関わらずお客が絶えなかった。

わざわざカフェに立ち寄らずとも自動販売機等で安価な缶コーヒーを買うこともできる。

それなのに、値段も高く、提供時間もかかり、時には列に並んでまで、なぜ人々はこんなにもカフェを好むのか。

もはやコーヒー等を飲むことだけがカフェを利用する目的ではないのではないだろうか。

本論文ではこれについて深く調査していこうと思う。

この論文では、なぜ人々がカフェを好むのか、人々がどのような店を好むのか、これらを考察するために、いくつかの調査を行おうと思う。

まず、文献調査を行い、日本のカフェの歴史について調べていく。

この調査で、カフェが時代と共にどのように変遷してきたかを調査する。

これは久留米大学図書館にて行う。

また、実際にカフェやコーヒーの提供行うコンビニを訪れ、内装や客層、メニューやサービスを知り、カフェの特徴を考察していく。

さらにカフェ店員への聞き込み調査を行い、接客するにあたって心がけていることや、どのようなサービスを行っているかを聞きたいと思う。

最後に、学生を対象とするアンケート調査を行う。アンケートでは、カフェを利用するか、カフェ以外でコーヒー飲料を買うか、カフェの利用目的、滞在時間、よく頼むメニューなど、具体的な質問をすることで、カフェを利用する理由について迫りたいと思う。

次の第二章では、カフェの歴史について詳しく述べたいと思う。

カフェとは本来どのような目的を持っていたのか。

そしていつ日本に入ってきたのか、当時のカフェとはどのようなところだったのか、人々にはどのように受け入れられてきたのか、時代とともにどのように変遷してきたのか。

さらに、現在言われているコーヒーブームの発端とは何なのか。このコーヒーブームがカフェ業界にどのような影響をもたらしたのであろうか。

これらについて述べていく。

第三章では、実際に調査や聞き込みを行い分かった結果から、人々によく利用されているカフェ・コーヒー提供サービスの店内の様式や、メニューやサービス、客層などの特徴について述べる。

最終章ではこれまでの調査によって、現代のカフェという存在を明らかにしていこうと思う。また、それによる問題点とは何なのか、さらに今後のカフェの形態について述べる。

進行しつつあるスマホ依存~現状からの問題点、改善するには~

携帯電話が普及されてから約40年が経った今、新たにスマートフォン・iphoneが登場して幅広い年齢層の人たちが利用するようになってきている。そのような中で近年、問題として取り上げられているのが「スマホ依存(スマートフォン依存)」だ。「スマホ依存症」というように一種の病気のような表現の仕方もあり、これを治療する専門の病院も世界的に登場している。最近ニュースで話題となったものとしては、スマートフォン・iphoneの中に搭載されている無料チャットアプリ「LINE」によるいじめ問題がある。全国の10代の約70%がこの「LINE」を利用しており、それを使ったいじめが全国で明らかになってきているのだ。(週刊文春 2014.5.29 38p)さらに、車・自転車の運転中でのスマホ使用による交通事故など、スマホと関わった問題、つまり「スマホ依存」が影響していると考えられる問題が目立つようになってきている。

では、「スマホ依存」とは一体どのような状態のことをいうのだろうか、またどの様なものが使用者にとって依存度を高めているのか。そして、私たちにどのような影響を与え、「スマホ依存」をなくすためにはどうしたらよいのだろうか。

今後これらの問題を明らかにしていくために次の調査を行う。①「スマホ依存・依存症」に関する雑誌、新聞記事を収集して分析する。②20代の大学生の時点でどれだけの人が「スマホ依存・依存症」に当てはまるか、どのような場面でスマホを使って何をしているのかについて久留米大学生にアンケート調査を行う。

この先の第2章ではいつから「スマホ依存・依存症」が現れたか、どこからが「スマホ依存・依存症」になってしまうのかについて、第3章ではスマホ・iphoneを長時間使用することに対する体への影響について述べる。第4章では、久留米大学生のアンケート調査からの結果・分析を行い、第5章では「スマホ依存・依存症」に起因するものは何かについて述べる。最終章は今後スマホ・iphoneと依存なしでより良く付き合っていくためにどうすればいいか論述していきたいと思う。

中国のアニメーションの現状と課題

私が子供のとき日本のアニメが見て、日本に興味があるになった。日本のアニメを通じて、日本にいい印象を残ったから、私は日本に留学することを決めった。80年代に日本の「鉄腕アトム」や「一休さん」が中国で放送されるようになった。90年代は、「ドラえもん」「ちびまる子ちゃん」「セーラームーン」「スラムダンク」など、日本のアニメが中国で巨大な人気を得た。大学の卒業論文について、アニメーションに関することをきめた。特に日本のアニメが中国のアニメを深い影響を与えるので、中国のアニメーションの現状を研究したい。中国のアニメーションは今の日本と比べて、まだ距離が大きいけど、実は中国のアニメ作りの歴史も長い。1914年に中国において万氏兄弟監督で公開された「西遊記」がアジア初の長編アニメーション映画とされる。これから中国のアニメは多くの優れる作品が出た。しかし、1966年~1976年、この10年間は文化大革命のため、中国のアニメの発展が止まった。8090年代は中国のアニメは二回目の発展が迎えられた。多くの映画会社が成立され、さまざまな優秀な作品が現れた。しかし、外国のアニメから、アニメは子供だけのものではなく、芸術的で、発展させていけば、中国でも産業化できるということを認識した。

中国のアニメ産業の最新状況はどうなっているのだろうか?

中国のアニメ産業の発展に影響する要素には何があるだろうか?

中国のアニメ作り会社はどのような有益な経験を学べるだろか?

この論文ではこの問題を考察するために次の調査をおこなう。①中国アニメ現状をしらべて。これは、来年の春休みに中国に帰って、中国一番大きい漫画展覧会というイベントの現場に行って、漫画が好きな人にアンケート調査を行う。

はじめに (テーマをえらんだ理由)

第一章

中国のアニメーションの歴史

第二章

中国のアニメの現状(中日のアニメの比較を含める)

次のはまだ考えて中

この流れを書いて、まず、資料を調べて、アニメ産業に関する本を読む。来年にアンケート調査を行う。

オリンピックとビジネス背景

2013年9月7日アルゼンチン・ブエノスアイレスにて。IOCジャック・ロゲ会長が「TOKYO」の名前を読み上げた。その瞬間に2020年夏季オリンピック開催地に日本の東京が選ばれたのだ。東京開催は、1964年に続き二回目の開催であり、冬期の札幌、長野を合わせると、日本で4度目のオリンピックが行われることになる。オリンピックは、ほとんどの人が4年に一度のスポーツの祭典というイメージが根付いているが、当初はそうだったわけではない。まず、近代オリンピックの前身に古代オリンピックが存在していた。そこから長い年月をかけ、1896年にフランス人のピエール・ド・クーベルタンにより近代オリンピックとして復興した。

当時は、オリンピックの価値とは明らかで世界のアスリートの誰もが求める舞台であり、オリンピックによって利益を得る人、不利益を被る人もいなかった。しかし、現在のオリンピックは夏季、冬期合わせると33競技、400以上もの種目が行われ、約2万人の選手が参加する世界最大のイベントに成長したことで多くのお金が必要となり、利益を得る人が現れ、不利益を被る人もでてきた。それにより、オリンピックを支える舞台裏が必要な時代になってしまった。

例えば、世界中の人々は、テレビを通して観戦することによってIOCInternational
Olympic Committee
)は莫大な収入を得ている。実際に、2020年の東京開催を含む、2018~2024年の4大会の日本向け放送権について、NHKと民放でつくるジャパンコンソーシアム(JC)は、計1100億円で一括取得することでIOCと合意したと発表された。このように放送権だけでもこれだけ多額のお金が動くことが容易に理解できる。

本研究では、オリンピックにおける商業主義(ビジネス)や舞台裏の莫大な放映権料、スポンサー料、IOCに着目し、ビジネス化が目立つオリンピック本来の価値について考察する。

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2.論文のテーマを考える

[collapse status=”false” title=”1)よいテーマ設定”]
卒論テーマ.png

自分の関心の持てるテーマであること

 当然のことながら卒論のテーマはあなた自身が関心を持てるものでないといけません。

その問題に十分に関心を持っている他の人に読んでもらえるテーマであること

 しかし卒論という論文は、そのテーマに関心を持っている社会の人(大人)に向けて書く必要があります。論文は、自分の個人的趣味のために書くものではなく、広く社会に向けて公開することを前提としています。そのためには、そのテーマですでに常識的になっていること、問題になったことは踏まえておく必要があります。

(大学などで)研究されているテーマであること

 卒論はまた大学の卒業のために書く論文です。したがって、あなたが4年間勉強した学問分野にどこかで関連している必要があります。あなたは卒論のテーマを、多能性幹細胞の研究をおこなって書こうとは思わないでしょう。それはあなたの勉強した学科が生物学科ではないからです。

 またそのテーマに関して書かれた文献(図書、論文)などがある必要があります。そして卒論では、それらの文献を紹介しながら、自分の卒論を書かなければなりません。

● 論文の検索 ⇒ CINII 国立情報学研究所
● 図書の検索 ⇒ 御井図書館蔵書検索OPAC

1~2年間でとりあつかえるテーマであること

 また卒論は大学3、4年生の間に書き上げることになります。つまりみなさん大学生がこの期間の間に、十分にデータを集めて書き上げることのできるテーマである必要があります。あまりにも大きなテーマは卒論では扱えないでしょう。文献調査でインタビューするなら、そのテーマの文献を読み、どこまで意見が一致しているのか、どこで意見が違っているのかを紹介する必要がでてきます。調査を実施する場合には自分で調査依頼できるツテがあるテーマである必要があるでしょう。またおそらく何十人ものインタビューを行うことはできないでしょう。つまり卒論のテーマはみなさんが実施可能なテーマである必要があります。

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[collapse status=”false” title=”2) 文献調査だけの卒論”]

文献調査だけで卒論を書くという選択

 本や論文を読んで、それをまとめて卒論を書こうとする人もいるかもしれません。つまり文献調査だけで卒論を書くという方法です。
 文献調査で書く場合、文献データはデータベースで検索できますから、データ収集は比較的、楽です。
 しかし文献調査は、基本的に、あるテーマに関して複数の研究の意見を紹介して、共通点、異なる点を明らかにして議論をすすめる必要があります。
 もしそうしないとある人の意見を全面的に正しいものとして議論を進めることになります。その場合、その人の意見を紹介することが中心となりますので、あなたの論文のオリジナリティが問題となってしまいます。そして最初から最後まで紹介するだけになってしまうと、それは盗作や剽窃となります。

社会調査をおこなって卒論を書くという選択

 自分でオリジナルなデータを集めている場合、そのデータとその解釈については、自分のオリジナルさを主張することができます。
 しかし調査票調査やインタビュー調査、参与観察などの場合、現地にいったり、人にあったりする必要がでてきます。
 勇気をもち一歩踏み出してはじめれば、意外にスムーズにいくものですが、人見知りの人や、まだ社会人としての行動力が身についていない人は、この最初の一歩を踏み出すのが遅れがちです。

ドキュメント分析という選択

 ただし社会調査にはインタビュー調査や調査票調査、観察調査以外に、ドキュメント分析という方法があります。これはドキュメント(資料)を集めて分析する方法です。こうしたドキュメント分析は、恥ずかしがり屋の人にはお勧めかもしれません。

過去に放送されたコンビニのCM をたくさん集めてその内容を分析する。

ある事件や出来事に関する新聞記事を集めて、その内容や頻度を分析する。

戦後、紅白歌合戦で歌われた歌を年代順に調べて、その時代の移り変わりを分析する。

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[tab name=”a. 聞き取り調査” active=”true”]

a. 聞き取り調査

聞き取り調査の手順

調査企画 ⇒ インタビューフローの作成 ⇒ アポイントメント ⇒ インタビュー ⇒ トランスクリプション ⇒ 分析 ⇒ 論文執筆

インタビューするか

 どんな人に何人くらいインタビューするかは、卒論のテーマによって変わってきます。特定の1人にインタビューする調査もあれば10名以上のインタビューする場合もあります。

 通常は2人から8名程度の範囲のインタビュー調査が多いように思います。

 たとえば大学生を対象に就活体験の意味を調査するようなインタビューだと、人数は6名以上はほしいところです。逆に、熊本市のクマモンのマーケティング戦略を調査するような場合ならば、その担当者1~2人程度のインタビューになるかもしれません。

トランスクリプション(テープおこし)

 1時間のインタビューだったら、トランスクリプションはおおよそ8時間ほどかかります。(録音時間のおおよそ6~10倍の時間)。

 またトランスクリプションした文章は卒論本体の資料として、卒論の一部として扱われます。トランスクリプションは労力のかかる作業ですが、卒論の文字数が2000字に足りない場合、トランスクリプションの文章の一部が文字数として認められることがあります。

関連する授業

 地理フィールドワーク、質的分析法など
 活字メディア実習演習、放送制作実習演習など

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[tab name=”b. 観察調査”]

b. 観察調査

参与観察調査

 ある集団やイベントに参加して観察する調査です。参与観察している間は、毎日、フィールドノートして、できる限り詳細な日記をつけるようにしてください。何をやったか。何を見たか。何を感じたか。こうしたことを記録してください。また写真も撮って記録しておきましょう。またインタビューなどもおこなうと、より詳しい調査になります。

 人と違う独自の体験やイベントに参加する予定のある人は、その参加それ自体を、卒論として参与観察調査にしてしまうとよいかもしれません。たとえば、災害ボランティアに参加する、ベンチャー企業でインターンシップをするなど。つまりあまり人が体験していないイベントや出来事を報告すると面白い卒業論文になることがあります。

非参与観察調査

 情報社会学科の卒論では、観察したものを地図に記録していくタイプの非参与観察調査をおこなう卒論が多いです。たとえば違法駐輪している自転車の位置を地図に記録していったり、またはジュースの自動販売機が設置している場所を地図に記録して行ったりする卒論です。最近はgoogle マップを使って記録できるようになってきました。

 それ以外にも、ある場所の人々の行動を記録するという非参与観察も可能かもしれません。たとえば喫煙場所での人々の行動を記録したり、または人が込んできた列車のなかでどの席から埋まっていくかなどの記録です。録画が可能な場所ならば、ビデオカメラを設定して記録するという方法もあるでしょう。

関連する授業

地理フィールドワーク、質的分析法

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[tab name=”c. 調査票調査(アンケート)”]

c. 調査票調査(アンケート)

調査票調査の手順

調査企画 ⇒ 調査票の作成 ⇒ 調査 ⇒ データ入力 ⇒ データ整備 ⇒ 集計 ⇒ 論文執筆

調査企画 どのくらいのサンプルが必要か

 卒業論文では、クロス集計を実施することが一般的ですので、このことを考えるとおおよそ100サンプル以上のデータを入手しましょう。100サンプルの場合、たとえば集計結果が50%なら誤差はおおよそ±10%、つまり50%±10%の集計結果となります。
 大学で行う場合には、情報社会学科の1~3年生の必修の授業で協力を依頼するのが一般的です。友だちやサークルで調査を依頼するのはデータが偏るのであまりお勧めしません。

調査票はすべて自分で独自に作るよりも、マネをしたほうが

 調査票の調査設問は、すべてを自分で作るよりも、すでに行われた調査設問を使う方がむしろよいことが多いのです。たとえば1970年におこなわれた調査票の設問を使ったり、または全国調査で実施された設問を使えば、比較が可能となります。共通の調査設問にして、一部、自分でオリジナルに調査設問を設計するほうがよいでしょう。

クロス集計

 情報社会学科では、クロス集計とそのカイ二乗検定まで授業で扱っているので、卒論でもその集計が求められることが多いです。調査企画をするときに、どのようなクロス集計をするか考えて調査票を作ると、よい調査になるでしょう。

関連する授業

 社会調査データ処理実習演習(旧 社会調査情報処理実習Ⅱ)、表計算実務実習演習(旧 社会調査情報処理演習Ⅰ)

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[tab name=”d. ドキュメント分析”]

d. ドキュメント分析

ドキュメント分析とは

 ドキュメントとは記録されたものという意味です。新聞記事、広告、写真、墓碑などもドキュメントとして調査の対象になります。また映画やドラマ、ポップスの歌詞、絵本などもドキュメントです。またホームページやBlog 、掲示版に書かれたものもドキュメント分析の対象となります。

過去におこなわれたドキュメント分析の例

 卒業論文で過去に次のようなドキュメント分析をおこなったものがあります。

  • スーパー戦隊シリーズに登場するモモレンジャーの時代的変遷
  • 女性雑誌に登場するバレンタイン広告の分析
  • 人はなぜ日記を世界にさらすのか、blogの分類と分析
  • 歌謡曲に描かれる家族像 歌謡曲にうたわれる親子関係
  • 沖縄が舞台となったテレビドラマの時代変遷
     こうしたドキュメント分析をおこなうときには、そのドキュメントを過不足なく集めて、分析することが重要になります。テレビドラマなどを分析する卒論などでは、レンタルビデオでテーマに合致する番組をひたすら視聴する必要があります。また雑誌広告を調べる場合には、その雑誌のバックナンバーがそろっている図書館に行って、ひたすらページをめくり、コピーすることになります。

分析の方法1 分類することを目的としたドキュメント分析

 ドキュメント分析はいろいろな分析の視点があるのですが、過去におこなわれたものを見ると、次のような分析が多いようです。一つはどのようなタイプがあるのか、分類をすることを目指したドキュメント分析です。たとえばBlog のタイプを〇〇型、△△型・・・というように分類して、どのようなタイプが多いかを分析するタイプです。タイプを分類して、その典型例として特徴的な事例を紹介して記述する卒論が多いです。

分析の方法2 時代的変化を調べるドキュメント分析

 もう一つは、いつそれがはじまったか、いつそれが多くなったかを調べるドキュメント分析です。たとえばバレンタインデーの広告がいつ始まったのかを調べるようなドキュメント分析がこれにあたります。

ドキュメント分析のポイント

 ドキュメント分析は、そのテーマとなるそのドキュメントをどれだけ網羅的(もうら的)に収集できるかがポイントになります。たとえば歌謡曲にうたわれる親子関係をドキュメント分析するならば、歌謡曲の歌詞で親子がうたわれた歌をできる限り、落ちなくすべて集めることができるかが重要となります。

関連する授業

質的分析法、社会調査法1など

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3.論文の基本的な構成 序論・本論・結び

問題提起をする「序論」、論拠を示して自分の意見を述べる「本論」、まとめを述べ展望を示す「結び」

論文の基本構成:

論文の基本構成は次の5つです。主な役割は次のようになります。

「序論」 何を明らかにするか「問い」を示す
「本論」 論拠を示し、結論を述べる
「結び」 何が明らかになったかを「まとめ」、考察する。
本文に書けなかった補足事項を書く
参考・引用文献リスト 参考や引用した先行研究のリストを示す

[collapse status=”false” title=”0. 論文例 バレンタインの誕生”]
論文例(抜粋要約・一部改編)

日本型バレンタインデーの起源 ~日本恋愛観との関連~

角由里恵(205AE10)

———————– 序 論 ———————–

第1章 はじめに
 2月14日はバレンタインデーの日である。この日「女性から男性へ愛の告白とともにチョコレートを贈る」という習慣は、実は日本だけのものである。現在では「義理チョコ」「友チョコ」「自分チョコ」なるものまで登場してきたバレンタインデーだが、戦後まだ恋愛が今ほど自由でなかった時代、バレンタインデー・チョコレートは、すべてが今でいうところの「本命チョコ」であり、純粋に愛する人に贈るものだった。だがこのバレンタインデーがどのように始まったのかということについては、妹尾(1996)などが少し論じているものの、それ以外では極めて少ない。(① 背景説明)

 一体このバレンタインデーというイベントは、誰がいつ頃、どのようなメディアを通して普及させたのか。そして当時の女性たちは、この新しい習慣を一体どのように受け止めたのだろうか。(②問題提起)

 この論文ではこの問題を考察するため次の調査を行った。①1959年から1977年までの雑誌『女性自身』のバレンタイン広告や記事の収集と分析。この調査は国立国会図書館とお茶の水図書館で行った1。②実際にバレンタインデーが当時の恋愛においてどのような変化をもたらしたのかについてインタビュー調査を行う。(③方向づけ)

 以下の第二章では日本人の恋愛とバレンタインデーの始まりについて、第三章ではバレンタインデーの起源について広告分析の結果を記述する。第四章ではバレンタインデーが普及した時期にチョコを渡した女性のインタビューを分析し、最終章ではバレンタインデーが与えた日本女性の恋愛観の影響を明らかにしていきたい。(④全体の予告)

———————– 本 論 ———————–

第2章 恋愛観の転換点とバレンタインデー
 日本の恋愛観は時代によって大きく変化してきている。日本では大正時代まで自由な恋愛は許されておらず、お見合い結婚が主流であった。ここで注目したいのは、昭和と平成の恋愛の違いである。荒木(2006)が指摘しているように戦後1960年代の半ば、恋愛結婚数はお見合い結婚数を上回るのである。(⑤ 論拠1)

 1960年代までは恋愛は一般には、望ましいものとして思われていなかったようだ。結婚を前提とせずにつきあうことは、普通の家の息子、娘がするものではない、不良のすることだという意識が広がっていたという(山田昌弘1996)。だが1970年代になると男女交際もしだいに活発になっていったという(山田昌弘1996)。このように、恋愛が自由化された戦後から高度成長期、1960年から1970年代にかけては、日本の恋愛観の大きな転換点であったと言える。(⑥ 論拠2)

 この1960年代とは、実は日本でバレンタインデーが普及した時期でもあった。恋愛の転換点と時期を同じくするこのバレンタインデーの誕生は、当時の人々、特に地位の低かった女性たちの恋愛観に何らかの影響を与えたのではないだろうか。つまり日本でのバレンタインデー成立とその普及過程を考察することは、日本人の恋愛観の変遷を考察することにつながる。(⑦ 結論)

第3章 「女性自身」広告分析
 日本型バレンタインデーの起源について書かれた論文は少ない。妹尾(2007)によると日本で最初にバレンタインデーとチョコレートを結びつけ広告を出したのはモロゾフであり、最初にデパートでの販促活動を行ったのがメリーチョコレートカムパニー、その後マスコミを通して大きく宣伝を行ったのが森永製菓だと書いている。(⑧ 論拠3)

 また別の先行研究によると、1950年代までがバレンタインデー普及の始まりであり、1960年代に消費者のニーズに応じて浸透、1970年代はすでにチョコレートを贈るという習慣が成立していたという(小笠原1998)。また、そこで小笠原はチョコレートメーカーの販促活動とともに、その習慣を普及させたもう一つのメディアとして、女性週刊誌が重要な役割を持っていたと指摘している。 (⑨ 論拠4)

 実際に当時の主要な雑誌『女性自身』の広告を調べなおしてみると、バレンタインデー最初の広告は、1960年の森永製菓のものであったことが確認できた(写真1)。モロゾフやメリーチョコレートも広告はあるが、バレンタインデーと関連させた広告ではなかった。(⑩ 論拠5)

 また同じく『女性自身』の広告や特集記事から女性たちの恋愛観を分析してみると、当時の広告には「バレンタインデー…それは女性が男性に愛を告白する年にいちどの愛の日」「この日にかぎって女性から愛をささやいてもいいのです」というキャッチコピーがみられた。また1961年の特集記事には、「もし、女性のほうから、愛をうちあけることを、はしたないと思っている人がいたら…それは、男性に比べて、女性をまだ従属的に考えている証拠だ」という評論家の言葉がみられた2。(⑪ 論拠6)

 やはり当時はまだ女性から告白する事は、はしたないという考え方があったといえるだろう。また現在と比較すると、当時のバレンタインデーは純粋に女性が愛する人へ告白をする日として、宣伝されていたといえるだろう。(⑫ 結論)

第4章 インタビュー
 今回、1973年にバレンタインチョコレートを渡した経験がある女性Mさんにインタビュー調査をする事ができた3。Mさんはバレンタインデーという習慣を1968年創刊の雑誌『セブンティーン』で知ったと話している。また彼女はバレンタインデーを初めて知った時、「好きな人に告白できる」という事に非常に驚いたという。

  贈った経験ありますよ。中学何年生やったかな?中1だったと思う。・・・うんもう、普通のチョコレートを贈るっていう、その、情報が、その週刊誌に載ってた。・・・それを、年に一回女の子からチャンスがある日ですよみたいな事を、うん、書いてあった。ほんとにほんとにね、「あぁ!」って。「言って良いったい!」て、みたいな感じやったよ。えーこれ、ちょっとやっぱり買ってこよう、・・・・

  男の人から、やっぱりそうやってこう申し込んだりとかするのが、当たり前の、考え方の、時代。女の人から言うとかとんでもない、っていう、状態。うん、そうそう、そうゆう時代だったと思うよ。
  (インタビュー全体が ⑬ 論 拠 7)

 このようなインタビューから、1970年代には久留米でもバレンタインデーは普及していたことが分かる。そして当時はまだ「女性から告白することははしたない」という考え方が残っていたということも言えるだろう。(⑭結論)

———————– 結 び ———————–

第5章 おわりに
 以上の調査結果から私が述べたいことは二つある。一つは、「バレンタインデー・チョコレート」を、人々に最も身近な週刊誌というメディアを通して、そのターゲットである女性達に普及させたのは、やはり森永製菓であったという事だ。しかも、「女性から愛を告白できる」バレンタインデーは、その当時の「女性から告白するなんてはしたない」という恋愛観に非常にうまくマッチした形で日本に普及していった。このような恋愛観があったからこそ、日本型バレンタインデーは成立したと言える。二つめはこのバレンタインデーという習慣が、確かに当時の女性たちの恋愛観に革命的な影響を与えていたという事である。それは恋愛の自由を求める女性たちに大きなチャンスと、一歩踏み出す勇気を与えた。つまりバレンタインデーの起源とは、日本恋愛観の転換点でもあったのである。(⑮ まとめ)

 日本の恋愛観は、確実に人々の生活に関連して変化してきている。女性の主張が許されるようになったように、これからは更に自由な恋愛が許されていくのだろうか。恋愛の自由化は喜ばしい事でもあるが、その分純粋な恋愛がなくなってしまったようにも思える。自由な恋愛の次は、純粋な恋愛が求められるようになってくるのかもしれない。(⑯ 示唆)


  1)  雑誌『女性自身』の12月-3月までの号を図書館で借出し、バレンタイン関連の広告、記事を探した。(2008年9月19-21日実施)。
  2) 『女性自身』の1961年2月14日号
  3) 久留米市在住。現在56歳。匿名を条件にインタビューに応じていただいた。

参考・引用文献リスト

  • 荒木詳二 2006「恋愛と恋愛結婚イデオロギーの誕生について–日欧比較文化の視点から(小特集:文学メディアとジェンダーの歴史)」『群馬大学社会情報学部研究論集』13
  • 山田昌弘 1996「結婚の社会学―未婚化・晩婚化は続くのか」丸善株式会社
  • 妹尾堅一郎 1996「バレンタインデイ・チョコレート「社会的意味」形成の謎を解く」『週刊ダイヤモンド 』85(5)
  • 小笠原裕子1998「OLたちのレジスタンス」中央公論
  • 山田晴道 2007「バレンタイン・チョコレートはどこからきたのか(1)」『東京経済大学人文自然科学論集』124
  • 森永製菓 2000『森永製菓100年史』森永製菓
  • 日本チョコレート・ココア協会 2005 (http://www.chocolate-cocoa.com/ 閲覧日2008/12/22日)

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[collapse status=”false” title=”1.序論”]

序論の書き方

 序論はその論文で何を明らかにするかの「問い」を示して、どのようにその「問い」に迫っていくか予告を書く場所です。おおよその分量でいえば、論文全体の20%弱でしょうか。この問いを示して予告するために次のような内容を書き込むことになります。

序論

○ 「背景説明」    その論文を読むための知識を与える  事物の説明 / 先行研究の紹介

○ 「問題提起」   論文で取り上げる問題は何かを示す

○ 「方向づけ」   どのような方法で問題を解こうとするか

○ 「全体の予告」   それぞれの章で何を論じるかの論文全体の内容の予告

例:日本型バレンタインデーの起源 より

第1章 はじめに

 2月14日はバレンタインデーの日である。この日「女性から男性へ愛の告白とともにチョコレートを贈る」という習慣は、実は日本だけのものである。現在では「義理チョコ」「友チョコ」「自分チョコ」なるものまで登場してきたバレンタインデーだが、戦後まだ恋愛が今ほど自由でなかった時代、バレンタインデー・チョコレートは、すべてが今でいうところの「本命チョコ」であり、純粋に愛する人に贈るものだった。だがこのバレンタインデーがどのように始まったのかということについては、妹尾(1996)などが少し論じているものの、それ以外では極めて少ない。


 一体このバレンタインデーというイベントは、誰がいつ頃、どのようなメディアを通して普及させたのか。そして当時の女性たちは、この新しい習慣を一体どのように受け止めたのだろうか。


 この論文ではこの問題を考察するため次の調査を行った。①1959年から1977年までの雑誌『女性自身』のバレンタイン広告や記事の収集と分析。この調査は国立国会図書館とお茶の水図書館で行った1。②実際にバレンタインデーが当時の恋愛においてどのような変化をもたらしたのかについてインタビュー調査を行う。


 以下の第二章では日本人の恋愛とバレンタインデーの始まりについて、第三章ではバレンタインデーの起源について広告分析の結果を記述する。第四章ではバレンタインデーが普及した時期にチョコを渡した女性のインタビューを分析し、最終章ではバレンタインデーが与えた日本女性の恋愛観の影響を明らかにしていきたい。

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[collapse status=”false” title=”2.本論”]

本論の書き方  論拠 = データ(事実)+自分の意見

 本論では、論拠を示しながら結論を示していきます。この論拠を書くということは、基本的にはデータ(「事実」)を示すことなのです。しかしこのように説明すると本論でただデータをただ書き並べるだけの人が出てきます。論拠は単にデータを示すだけではなく、そのデータをどのように解釈するか自分の「意見」を提示する必要があります。

論拠

 自分の結論を述べる根拠のことです。この論拠は、データ提示と、そのデータを解釈して意見を提示する意見提示で出来ています。

○ 「データ提示」   事実・資料を書いている箇所。

○ 「意見提示」   そのデータがどのように解釈できるか、意見・考察を書いている箇所

例:日本型バレンタインの起源 より

第2章 恋愛観の転換点とバレンタインデー

 日本の恋愛観は時代によって大きく変化してきている。日本では大正時代まで自由な恋愛は許されておらず、お見合い結婚が主流であった。ここで注目したいのは、昭和と平成の恋愛の違いである。荒木(2006)が指摘しているように戦後1960年代の半ば、恋愛結婚数はお見合い結婚数を上回るのである。

 1960年代までは恋愛は一般には、望ましいものとして思われていなかったようだ。結婚を前提とせずにつきあうことは、普通の家の息子、娘がするものではない、不良のすることだという意識が広がっていたという(山田昌弘1996)。だが1970年代になると男女交際もしだいに活発になっていったという(山田昌弘1996)。このように、恋愛が自由化された戦後から高度成長期、1960年から1970年代にかけては、日本の恋愛観の大きな転換点であったと言える。

 この1960年代とは、実は日本でバレンタインデーが普及した時期でもあった。恋愛の転換点と時期を同じくするこのバレンタインデーの誕生は、当時の人々、特に地位の低かった女性たちの恋愛観に何らかの影響を与えたのではないだろうか。つまり日本でのバレンタインデー成立とその普及過程を考察することは、日本人の恋愛観の変遷を考察することにつながる。

第4章 インタビュー

 今回、1973年にバレンタインチョコレートを渡した経験がある女性Mさんにインタビュー調査をする事ができた3。

 Mさんはバレンタインデーという習慣を1968年創刊の雑誌『セブンティーン』で知ったと話している。

 また彼女はバレンタインデーを初めて知った時、「好きな人に告白できる」という事に非常に驚いたという。

  贈った経験ありますよ。中学何年生やったかな?中1だったと思う。・・・うんもう、普通のチョコレートを贈るっていう、その、情報が、その週刊誌に載ってた。・・・それを、年に一回女の子からチャンスがある日ですよみたいな事を、うん、書いてあった。ほんとにほんとにね、「あぁ!」って。「言って良いったい!」て、みたいな感じやったよ。えーこれ、ちょっとやっぱり買ってこよう、・・・・

  男の人から、やっぱりそうやってこう申し込んだりとかするのが、当たり前の、考え方の、時代。女の人から言うとかとんでもない、っていう、状態。うん、そうそう、そうゆう時代だったと思うよ。

 このようなインタビューから、1970年代には久留米でもバレンタインデーは普及していたことが分かる。そして当時はまだ「女性から告白することははしたない」という考え方が残っていたということも言えるだろう。

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[collapse status=”false” title=”3.結び”]

結びの書き方

 最後の「結び」では、本論で分かったことを再度まとめて考察します。そのうえで、この論文で確認されたことから、いったいどのようなことがさらに示唆することができるか書きます。

結び

○ 「まとめ」   論文でここまでわかったことをまとめる。

○ 「示唆(しさ)」   分かったことからどのようなことが推測できるか、示唆できるかを書く

例:日本型バレンタインの誕生 より

第5章 おわりに

 以上の調査結果から私が述べたいことは二つある。一つは、「バレンタインデー・チョコレート」を、人々に最も身近な週刊誌というメディアを通して、そのターゲットである女性達に普及させたのは、やはり森永製菓であったという事だ。しかも、「女性から愛を告白できる」バレンタインデーは、その当時の「女性から告白するなんてはしたない」という恋愛観に非常にうまくマッチした形で日本に普及していった。このような恋愛観があったからこそ、日本型バレンタインデーは成立したと言える。二つめはこのバレンタインデーという習慣が、確かに当時の女性たちの恋愛観に革命的な影響を与えていたという事である。それは恋愛の自由を求める女性たちに大きなチャンスと、一歩踏み出す勇気を与えた。つまりバレンタインデーの起源とは、日本恋愛観の転換点でもあったのである。


 日本の恋愛観は、確実に人々の生活に関連して変化してきている。女性の主張が許されるようになったように、これからは更に自由な恋愛が許されていくのだろうか。恋愛の自由化は喜ばしい事でもあるが、その分純粋な恋愛がなくなってしまったようにも思える。自由な恋愛の次は、純粋な恋愛が求められるようになってくるのかもしれない。

[/collapse]

4.著作権の基礎

分かりやすい著作権解説基礎 ⇒ [button color=”info” icon=”” url=”https://www2.nhk.or.jp/school/movie/clip.cgi?das_id=D0005320511_00000″ type=”round”]【NHK】どこまでがOK?著作権[/button]

[collapse status=”false” title=”1) 著作権とは”]
著作物を作成した著作者が、その公表や利用、改編について自ら決めることのできる権利

著作物の種類:

言語の著作物 論文、小説、脚本、詩歌、俳句、講演など
音楽の著作物 楽曲及び楽曲を伴う歌詞
舞踊、無言劇の著作物 日本舞踊、バレエ、ダンスなどの舞踊やパントマイムの振り付け
美術の著作物 絵画、版画、彫刻、漫画、書、舞台装置など(美術工芸品も含む)
建築の著作物 芸術的な建造物(設計図は図形の著作物)
地図、図形の著作物 地図と学術的な図面、図表、模型など
映画の著作物 劇場用映画、テレビ映画、ビデオソフト、ゲームソフトなど
写真の著作物 写真、グラビアなど
プログラムの著作物 コンピュータ・プログラム

このほかに次のような著作物もあります。

二次的著作物 上表の著作物(原著作物)を翻訳、編曲、変形、翻案(映画化など)し作成したもの
編集著作物 百科事典、辞書、新聞、雑誌、詩集など
データベースの著作物 編集著作物のうち、コンピュータで検索できるもの

公益社団法人著作権情報センター より

Question:

  • 著作権を得るためには、国に届け出なければならない?
      ⇒いいえ。著作物を作成した時点で、著作者にその権利が生じます。
  • 子どもが遊びで書いた絵は著作権が生じる?
      ⇒生じます。

コラム 親告罪としての著作権
 著作権法違反は、著作権者から告訴されなければ犯罪が成立しない。これを親告罪という。
 ネット上では現在、著作権違反と思われるものが無数に飛び交っているが、その中には著作権者が黙認しているものもあるし、また気が付かれていないだけのものも多い。つまり告訴されていないので、野放しになっているだけなのだ。
 だが、みんながやっているからいいだろうと思って、安易に著作物のコピーや再配布をおこなっていると大きな問題となる場合がある。つまり著作権者から告訴されると、非常に多額な賠償を求めらえるようになるケースもあるのだ。

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[collapse status=”false” title=”2) 著作権の例外規定”]

著作権の例外

 著作物の利用については、原則として、著作者の許可を得る必要がありますが、例外的に、いくつかの場合、著作者の許可なく、著作物を利用することができることがあります。

私的使用のための複製(第30条) 家庭内で仕事以外の目的のために使用するために,著作物を複製することができる。
図書館等における複製(第31条) 一定の条件の下に,利用者に提供するための複製,保存のための複製,他の図書館のへの提供のための複製を行うことができる。
引用(第32条) 報道、批評、研究などの目的であって、公正な慣行に合致すること,引用の目的上,正当な範囲内で行われることを条件とし,自分の著作物に他人の著作物を引用して利用することができる。
教育機関における複製等(第35条) 教育を担任する者やその授業を受ける者(学習者)は,授業の過程で使用するために著作物を複製することができる。

(など。他にも例外規定はたくさんある。)

その他、一つ一つ例外が規定されています

  • 教科用図書等への掲載(第33条)
  • 教科用拡大図書等の作成のための複製等(第33条の2)
  • 学校教育番組の放送等(第34条)
  • 試験問題としての複製等(第36条)
  • 視覚障害者等のための複製等(第37条)
  • 聴覚障害者のための自動公衆送信(第37条の2)
  • 営利を目的としない上演等(第38条)
  • 時事問題に関する論説の転載等(第39条)
  • 政治上の演説等の利用(第40条)
  • 時事の事件の報道のための利用(第41条)
  • 裁判手続等における複製(第42条)
  • 情報公開法等における開示のための利用(第42条の2)
  • 国立国会図書館法によるインターネット資料収集のための複製(第42条の3)
  • 放送事業者等による一時的固定(第44条)
  • 美術の著作物等の原作品の所有者による展示(第45条)
  • 公開の美術の著作物等の利用(第46条)
  • 美術の著作物等の展示に伴う複製(第47条)
  • 美術の著作物等の譲渡等の申出に伴う複製等(第47条の2)
  • プログラムの著作物の複製物の所有者による複製等(第47条の3)
  • 保守,修理等のための一時的複製(第47条の4)
  • 送信の障害の防止等のための複製(第47条の5)
  • 送信可能化された情報の送信元識別符号の検索等のための複製等(第47条の6)
  • 情報解析のための複製等(第47条の7)
  • 電子計算機における著作物の利用に伴う複製(第47条の8)

参照⇒[button color=”info” icon=”” url=”https://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/seidokaisetsu/gaiyo/chosakubutsu_jiyu.html” type=”round”]文化庁「著作物が自由に使える場合」[/button]
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5. 適切な引用 3つの条件

 卒業論文を作成する場合(研究)、著作権法の例外として、自分の著作物に他人の著作物を引用して利用することができます。ただしその場合、「公正な慣行に合致すること」が必要です。つまり引用の形式という慣行(マナー、ならわし)を守らなければなりません。
 この「引用」という形式の慣行は、通常、次の3つの条件にまとめられます。

引用の3つの条件

  • 公正な慣行と引用の目的上正当な範囲

 卒業論文を書くときに守らなければならない法律に著作権法があります。
 著作権法 第三十二条 公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。
 ここで規定されているのは「報道、批評、研究」などの場合には、適切な「引用」をする場合に限って、著作者に直接許可を得なくても、その著作物を利用できるという規定です。
 ホームページや映像番組をつくって公開するときに他の人が作った音楽や動画、写真などを利用するならば、著作者の許可が必要です。しかし卒論の場合は、「引用」という形をとるならば許可なく利用することが出来ます。ただしその「引用」には次のような条件があります。

  • 学術研究で他の著作物利用する場合の3つの条件

 論文は他の文献や資料を使いながら書きます。自分で知っていること、調べたことも必要ですが、それだけで20,000字もの卒論を書くことはできません。通常は論文の半分ほどは、他の人の文献や資料を紹介しながら、論文を進めていきます。

[collapse status=”false” title=”① 引用部分がはっきり区別されていること”]

① 引用部分がはっきり区別されていること

  • 引用は「 」で区切る / 段落ごと字下げ(インデント)する
     自分で調べたり考えたりしていないことを、あたかも自分が調べたように、または自分の考えた意見であるかのように書くと、盗作、剽窃となります。つまり他の人の著作からの引用や参考であるならば、それがどこからどこまでなのか、自分の文章と区別して示す必要があります。通常は引用した部分を「」で区切ります(例1)。

例1 大学生について、藤田(2002, p.62)は、「大学の新入生の多くがレポートの書き方を熟知しているわけではないことが、・・・・・・さまざまな授業担当者の意見として報告されている」と述べている。

 この場合、「 」のなかの文章は原則として原文のままです。しかし短くしたほうが分かりやすくなる場合は、「……」の記号を示すことで、原文から一部文章を削ることができます。

 引用が少し2~7行ほどになるときには、「」ではなく、段落の字下げ(インデント)をおこなって自分の文章と区別します。

例2 大学生の作文記述の低下の問題に関して、藤田(2002, p.62)はレポートの書き方の問題として次のような指摘をおこなっている。  

大学の新入生の多くがレポートの書き方を熟知しているわけではないことがさまざまな授業担当者の意見として報告されている。こうした学生のレポート執筆の知識不足が、近年の大学の学習力の低下を起こしているのだろう。

 このような指摘が正しいとすると大学でレポートの書き方を講義することが大切だということになる。

  • 参考・要約した部分も区別する

 上記の引用は、著作物の文章をそのまま利用する書き方です。それに対して、著作物で述べられた内容を要約したり参考にしたりして、書くこともあるでしょう。その場合は「」などは使いませんが、しかし要約したり参考にした部分がどこかわかるように書く必要があります。

例3 藤田(2002)によると、大学の新入生の多くがレポートの書き方を熟知しているわけではないようだ。

例4 大学の新入生の多くがレポートの書き方を熟知しているわけではないという指摘もある(藤田, 2002)。

例5 学力低下は80年代から始まったようだ。大学生の学力低下について、藤田(2002)の見解を要約すると次のようになる。 まず、このような大学生の学力低下が起こってきたのは80年代以降であり、その原因は次の三つだと言う。第一に大学の大衆化である。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。以上が藤田の主張の要約であるが、このような藤田の主張は、近年の大学生の状況を見る限りおおむね妥当だといえるだろう。

  •  参考・要約して書いた部分がコピペではダメ

 例3や例4のように書いた場合、自分の言葉で内容を要約する必要があります。原文をそのまま使う時は、例1、例2のように「」などを使う必要があります。

× よくない例 

大学の新入生の多くがレポートの書き方を熟知しているわけではないという指摘もある(藤田, 2002)。大学の新入生の多くがレポートの書き方を熟知しているわけではないことがさまざまな授業担当者の意見として報告されている。こうした学生のレポート執筆の知識不足が、近年の大学の学習力の低下を起こしているのだろう。大学でレポートの書き方を講義することが大切だということになる。

[scode type=”yellow”]例2と比較してどこがよくないか考えてみよう。自分の意見と他の人の意見が、きちんと区別されているだろうか[/scode]
[/collapse]

[collapse status=”false” title=”② 出典を明示すること”]

② 出典を明示すること

引用文献リスト:著作権者名、出版年、著作物名、その他情報

  • 引用したり参考にしたりした他の文献や資料は、その出典を明示する必要があります。
  • 通常、これらは卒業論文では引用参考文献リストとして、論文末に一括して掲載します。
  • これらの書き方の詳しい説明は、『大学基礎講座』第七講を参照してください。

引用参考文献リスト

  • 福岡県統計協会 2005 『2004年版福岡県統計年鑑』福岡県出版  
  • 西日本新聞社百科事典刊行本部 2006 『福岡県百科事典』西日本新聞社
  • 久留米市ホームページ 2006 『市の紹介・概要 / 産業』(http://www1.city.kurume.fukuoka.jp/city/industr 閲覧日2007/07/13)
  • 藤田哲也 2002 「大学生のレポートの状況」井上啓太編『大学生の学習状況』広小路出版
  • 朝日新聞 2001.5.3 「今どきの大学生」朝刊1面

①著作権者名(著者名)

 書いた人の名前です。団体や組織が著作権者の場合もあります。著作権を守るのが著作権法ですから、著作者の氏名を忘れないようにしましょう。
 まただれが書いたものか、だれが著作権者か分からないものは、信頼がおけないことが多いものです。たとえばインターネット掲示板やWikipedia、Blog などです。こうしたものは匿名となっておりだれが書いたかはっきりしない資料です。通常、こうした資料は卒論では使いません。しかし、卒論のテーマとの関係上、使う必要がある場合にはゼミの先生に相談してみてください。

②出版年

その文献が最初に公表された年

③著作物名(タイトル) 

④補足情報

 図書であれば出版社を書きます。ホームページであれば、URLと閲覧した日を書きます(同じURLでも更新され、違った内容になっていることがあるためです)。
 また同じ図書のなかでたくさんの著者が分担して書いている場合、一つひとつを独立した著作物として扱います。そして最後に補足情報としてその図書の情報を書きます。

 ・藤田哲也 2002 「大学生のレポートの状況」 井上啓太編『大学生の学習状況』広小路出版
  著者 出版年 「タイトル」 図書の情報(編著者名『本のタイトル』出版社)

[/collapse]

[collapse status=”false” title=”③ 質的にも量的にも、引用する側の本文が「主」、引用部分が「従」という関係にあること”]

③ 質的にも量的にも、引用する側の本文が「主」、引用部分が「従」という関係にあること

 例1は、架空の論文例であるが、引用を「・・・」で区別し、また出典も()内に記述した例です。このような論文は、著作権を守った論文として適切でしょうか。それとも適切でしょうか。不適切であるとすると、どこを修正する必要があるでしょうか。

例1:

5.最終章 ――大学生の今後
 この章では大学生の今後について次のような石橋の見解を以下に紹介しよう(石橋潤,2012)。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
 また2000年以降の大学生のありかたについて石橋は次のように書いている。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」(石橋潤,2012)
 石橋潤はこのように述べているが、この見解はとても素晴らしい。そして正しいと私も思う。私もこのような大学生になりたい。

参考文献リスト
石橋潤,2012「大学生の今後」『久留米大紀要』6。

  • 量的に「主」か
     例1の問題の一つは、一つの文献の引用部分が論文本文にたいして長すぎることです。つまり論文の「量」として、引用が主になっています。この点で、前ページの③の条件を満たしていません。
  • 質的に「主」か
     もう一つ厄介な問題は、この例1は引用の見解の紹介が主になり、この論文した人自体の考えが、いわば引用した見解に対する自分の感想にとどまっているという点です。つまり質的に、引用する側の本文が「主」引用部分が「従」という関係になっていません。他の人の書いたことをただ紹介しているだけになっています。

[scode type=”yellow”]
コラム 文献調査だけの卒論

他の人が書いた論文・研究を紹介するだけの卒論は、著作権違反になりやすい

 他の論文や本だけを使って卒論を書こうとするとき、大学生のみなさんの場合、その引用や参考した内容を批判し、自分の意見を根拠もって論じることは難しいものです。多くの場合、その内容を基本的に正しいものとして、紹介するだけに終わってしまいます。しかしそのような論文はその参考・引用した人のアイデアや見解をつまみ食いしているだけの論文ということになります。そして多くの場合、そのように書いた卒論は、よほど気を付けて書かないと、盗作、剽窃してしまっているような書き方になってしまいます。
[/scode]
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6.実際の引用の書き方

[collapse status=”false” title=”1) 事実と意見を書き分ける”]
 他の著作物を引用して利用する場合、自分の文章(自分の意見)が「主」となっていなければいけません。その「主」となる自分の意見を論じるために、事実を示しながら議論を進めます。
 以下のレポート例で、①自分の意見を書いている文章と、②事実を示している文章を確認してみましょう。

① 事実・資料を書いている箇所(データ提示)

② 意見・考察を書いている箇所(意見提示)

  • レポート例

久留米のもう一つの素顔 ~ 医療の街

 久留米はブリジストンに代表されるように製造業の町として知られてきた。現在では、久留米ラーメンや焼き鳥などの食べ物の町としても、さらに知られるようになってきた。しかし久留米にはもう一つ、医療の街としての顔があることを知っているだろうか。


 久留米は日本の中でも医療が充実した町である。住民一人当たりの医師の数は○○人であり、これは全国約2300市町村の中で第5位(福岡県統計協会, 2005, p.165)である。また福岡県百科事典(2006, p.653)では「高度の医療を提供する大学病院が、久留米大学病院、聖マリア病院とあり、福岡県を越えて、九州一円から患者が集まってきている」と指摘されており、九州の中でも久留米は医療のひとつの中心であることがわかる。


 このように久留米が医療の街として発展してきているのは、久留米大学の存在が大きい。久留米大学は昭和3年に九州医学専門学校として設立されている(西日本新聞社,2006, p.363) 。当時の九州には、こうした医師を養成する教育機関は、九州帝国大学医学部と九州医学専門学校しかなかった(西日本新聞社,2006, p.365)。こうした歴史が久留米を医療の町にしているのである。


 こうした医療の町としての利点を今後に活かしていこうとする取り組みがあるようだ。今年5月29日に江藤久留米市長が久留米大学で講義を行ったが、その中で江藤市長は久留米の今後の産業として、「高度医療久留米を生かして、さらにバイオ関連産業を育成することが重要です」と繰り返し強調している。また久留米市は、福岡バイオバレープロジェクトの一環として、大学などの医療研究機関、民間企業と協力して、新たなベンチャービジネスを育成しようとしている(久留米市ホームページ、2006)


 このような医療の街としての久留米の姿は意外に知られていないようだ。だが今後、日本は急速に高齢化の時代を迎える。こうした時代に重要な役割を果すのは医療である。医療の町として久留米が発展してく可能性は大きいと言える。


引用文献リスト

  福岡県統計協会 2005 『2004年版福岡県統計年鑑』福岡県出版

  西日本新聞社百科事典刊行本部 2006 『福岡県百科事典』西日本新聞社

  久留米市ホームページ 2006 『市の紹介・概要 / 産業』(http://www1.city.kurume.fukuoka.jp/city/industry.php 閲覧日2007/07/13)


 このレポート例でわかるように、自分の「意見」を述べるために、先行研究で分かった「事実」を引用しています。

 練習問題 レポートの3段落目の箇所の文章を、「① 事実・資料を書いている箇所」と「② 意見・考察を書いている箇所」に区別してみよう。

 このように久留米が医療の街として発展してきているのは、久留米大学の存在が大きい。久留米大学は昭和3年に九州医学専門学校として設立されている(西日本新聞社,2006, p.363) 。当時の九州には、こうした医師を養成する教育機関は、九州帝国大学医学部と九州医学専門学校しかなかった(西日本新聞社,2006, p.365)。こうした歴史が久留米を医療の町にしているのである。

[/collapse]

[collapse status=”false” title=”2) 書き方ヒント データをサンドイッチする”]
自分の文章で、データをサンドイッチにする

自分の書いた文章を最初と最後に書く!

 みなさんの論文で、文献の文章データやインタビューデータが延々と続いていませんか。

 データは、自分で書いた文章でサンドイッチにします。まず自分の言葉で書いた導入の文章を書き、そして「データ」を紹介します。そして自分の言葉で考察や解釈を書きます。

 分量は1:1:1が大きく崩れないように気を付けてください。1:10:1などになると、コピペっぽい論文になります。

1.png

統計データ・文献データの場合も同じ。

 「データをサンドイッチする」書き方は、グラフでも同じです。また他の文献に書かれていた内容を紹介する場合も同じです。この場合も自分の言葉で を書いています。

2.png

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[collapse status=”false” title=”3) 書き方のヒント 「である」「であると言われている」”]

事実を論文で紹介する時に、「〇〇である」と書く場合と、「〇〇であると言われている」と書く場合があります。

 どちらで書くか、明確な決まりはないけれど、必ず書き分ける必要があります。

「〇〇である」と事実として断定するのは慎重に

 論文を書くとき、「事件の犯人は△△であった」というように安易に断定して書いてはいけません。断定して書くときには自分で確信を持てるときに書くよう努力してください。確信を持てない場合は、「△△であったといわれている」「目撃者Aは△△が犯人であると証言した」「△△であるという意見がある」「高等裁判所は△△を犯人であるとして有罪という判決を出した」というように書く必要があります。論文において、この書き分けの絶対的な基準があるわけではありませんが、しかし必ず書き分ける必要があります。

先行研究が書かれていることがすべて事実とは限らない

 この書き分けがきわめて重要となるのは、文献調査にもとづいて2章を書くときです。先行研究で書かれていることは、偉い人が書いているので、思わずすべて事実認定して書きたくなります。たとえば「バレンタインデーはモロゾフというお菓子会社が始めた」「戦前の日本はお見合い結婚が主流であった」と先行研究に書かれていた時、すべてこれらのことを事実としてそのまま書いてしまいたくなりませんか。

 しかし自分でそれが事実であることに自信がもてなければ、事実として書いてはいけません。「○○によると、戦前の日本はお見合い結婚が主流であったという」「○○は『戦前の日本はお見合いが結婚が主流であった』と述べている」というように書きましょう。

 論文を書くと言うことは、事実認定をすることに対して慎重であるということなのです。

聞き取り調査した内容がすべて事実とは限らない

 同じことが聞き取り調査をおこなった場合にも言えます。たとえば、「○○となったのは△△なのです」というインタビューがあったとき、他の裏付けや証拠などで確信が持てないにもかかわらず、「○○は△△であった」と書くのはよくありません。「○○は△△であると、◇◇はインタビューで答えた」というように書くほうがよいでしょう。

常識的な事実は「〇〇である(であった)」と書いてもよいだろう。

 では逆に「〇〇である」と断定して書いてよいことはどのようなことでしょう。

 一つの基準として、あなたの論文の読者(大学生や大学教員)にとって、常識的なことであるならば、事実として書いてよいでしょう。

 たとえば「日本の首都は東京である」「1+1=2である」というようなことは、常識的に、論理的に事実として断定してよいだろうと思います。

「映画となりのトトロの監督は宮崎駿である」「1964年に東京オリンピックが開催された」ということは、いわゆる常識的な事実として断定して書いてもよいでしょう。

 また他の文献から調べてきたことの場合、その出典が辞書などならば「〇〇である」と書いてもよいでしょう。辞書に載っているようなことは、事実として確認された確かなことが書かれていると判断してよいからです。
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[collapse status=”false” title=”練習問題”]

「久留米のもう一つの素顔 ~医療の街」を書いていたところ、次のような新聞記事が見つかった。この記事を使って、レポートの①の段落を200字程度で書け。その際、「事実」を紹介した文章と、「自分の意見」を書いた文章を区別することに注意して書きなさい。

  • レポート例

久留米のもう一つの素顔 ~ 医療の街

久留米はブリジストンに代表されるように製造業の町として知られてきた。現在では、久留米ラーメンや焼き鳥などの食べ物の町としても、さらに知られるようになってきた。しかし久留米にはもう一つ、医療の街としての顔があることを知っているだろうか。

久留米は日本の中でも医療が充実した町である。住民一人当たりの医師の数は○○人であり、これは全国約2300市町村の中で第5位(福岡県統計協会, 2005, p.165)である。また福岡県百科事典(2006, p.653)では「高度の医療を提供する大学病院が、久留米大学病院、聖マリア病院とあり、福岡県を越えて、九州一円から患者が集まってきている」と指摘してあり、九州の中でも久留米は医療のひとつの中心であることがわかる。

 このように久留米が医療の街として発展してきているのは、久留米大学の存在が大きい。久留米大学は昭和3年に九州医学専門学校として設立されている(西日本新聞社,2006, p.363) 。当時の九州には、こうした医師を養成する教育機関は、九州帝国大学医学部と九州医学専門学校しかなかった(西日本新聞社,2006, p.365)。こうした歴史が久留米を医療の町にしているのである。


段落  ① 


 このような医療の街としての久留米の姿は意外に知られていないようだ。だが今後、日本は急速に高齢化の時代を迎える。こうした時代に重要な役割を果すのは医療である。医療の町として久留米が発展してく可能性は大きいと言える。

引用文献リスト
  福岡県統計協会 2005 『2004年版福岡県統計年鑑』福岡県出版
  西日本新聞社百科事典刊行本部 2006 『福岡県百科事典』西日本新聞社
  西日本新聞 2011/01/03 朝刊 「ロシア富裕層 九州医療観光 北九州などでロ経済団体計画 」
  久留米市ホームページ 2006 『市の紹介・概要 / 産業』(http://www1.city.kurume.fukuoka.jp/city/industry.php 閲覧日2007/07/13)


  • 見つけた新聞記事

ロシア富裕層 九州医療観光 北九州などでロ経済団体計画 

西日本新聞 2011/01/03 朝刊

 ロシア最大で唯一の政府直轄経済団体「オーポラ・ロシア」(セルゲイ・ボリソフ会長)が2011年以降、北九州市や福岡県久留米市を中心とする北部九州で、ロシアの富裕層をターゲットにした「医療観光」を展開する方針を固め、両市の医療機関と協議を始めたことが2日、分かった。

 久留米市については、オーポラの田村文彦駐日特使が12月下旬、久留米大の薬師寺道明学長らと会談。がんワクチン治療で知られる久留米大病院と、がん検診を行う陽電子放射断層撮影(PET)診断施設を持つ古賀病院21、聖マリア病院が連携し、ロシア語が話せるスタッフの配置など、受け入れ態勢を11年以降、早急に整えることを申し合わせた。

 久留米大は薬師寺学長を団長とした調査団を今春にもロシアへ送り、現地の医療ニーズを把握するとのことだ。このような医療観光は、ロシアの富裕層にとって、とても関心の高い観光となると予想される。


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7.社会調査をおこなう場合の倫理

[button color=”info” icon=”” url=”http://www.jasr.or.jp/jasr/documents/rinrikitei.pdf” type=””]【PDF】社会調査協会倫理綱領[/button]

  • 第1条 社会調査は、常に科学的な手続きにのっとり、客観的に実施されなければならな い。会員は、絶えず調査技術や作業の水準の向上に努めなければならない。
  • 第2条 社会調査は、実施する国々の国内法規及び国際的諸法規を遵守して実施されなけ ればならない。会員は、故意、不注意にかかわらず社会調査に対する社会の信頼を 損なうようないかなる行為もしてはならない。
  • 第3条 調査対象者の協力は、自由意志によるものでなければならない。会員は、調査対 象者に協力を求める際、この点について誤解を招くようなことがあってはならない。
  • 第4条 会員は、調査対象者から求められた場合、調査データの提供先と使用目的を知ら せなければならない。会員は、当初の調査目的の趣旨に合致した 2 次分析や社会調査のアーカイブ・データとして利用される場合および教育研究機関で教育的な目的 で利用される場合を除いて、調査データが当該社会調査以外の目的には使用されな いことを保証しなければならない。
  • 第5条 会員は、調査対象者のプライバシーの保護を最大限尊重し、調査対象者との信頼 関係の構築・維持に努めなければならない。社会調査に協力したことによって調査 対象者が不利益を被ることがないよう、適切な予防策を講じなければならない。
  • 第6条 会員は、調査対象者をその性別・年齢・出自・人種・エスニシティ・障害の有無 などによって差別的に取り扱ってはならない。調査票や報告書などに差別的な表現 が含まれないよう注意しなければならない。会員は、調査の過程において、調査対 象者および調査員を不快にするような性的な言動や行動がなされないよう十分配 慮しなければならない。
  • 第7条 調査対象者が年少者である場合には、会員は特にその人権について配慮しなけれ ばならない。調査対象者が満 15 歳以下である場合には、まず保護者もしくは学校 長などの責任ある成人の承諾を得なければならない。
  • 第8条 会員は、記録機材を用いる場合には、原則として調査対象者に調査の前または後 に、調査の目的および記録機材を使用することを知らせなければならない。調査対 象者から要請があった場合には、当該部分の記録を破棄または削除しなければなら ない。
  • 第9条 会員は、調査記録を安全に管理しなければならない。とくに調査票原票・標本リ スト・記録媒体は厳重に管理しなければならない。

その他‎ ‎

事実と意見を区別して書こう

模範解答例:

 久留米市の医療は、いまや海外からも注目を集めるほどになっている。西日本新聞(2011年1月3日朝刊)は、ロシアの政府直轄経済団体である「オーポラ・ロシア」が、2011年以降、ロシア国内の富裕層をターゲットに展開する「医療観光」の中心地の一つとして久留米市を挙げ、すでに久留米市の医療機関との交渉に入ったことを伝えている。こうして海外の大国から白羽の矢が立つということは、それほどに久留米市が有する医療技術・医療体制の充実度が、世界に誇れるレベルであることを証明する事例といえよう。


 引用して紹介するときには、「事実」と「意見」を区別して書かなくてはならい。また引用が不必要に長くならないように注意すること(引用する側が「主」、引用が「従」)。

 ① 事実・資料を書いている箇所

 ② 意見・考察を書いている箇所

よくない回答①
 ロシア最大で唯一の政府直轄経済団体「オーポラ・ロシア」(セルゲイ・ボリソフ会長)が2011年以降、北九州市や福岡県久留米市を中心とする北部九州で、ロシアの富裕層をターゲットにした「医療観光」を展開する方針を固め、両市の医療機関と協議を始めたことが分かった。このような医療観光は、ロシアの富裕層にとって、とても関心の高い観光となると予想される。

よくない回答② コピペを書き換えたもの
 ロシアの政府直轄経済団体オーポラ・ロシアが2011年以降に、北部九州で、ロシアの富裕層をターゲットにした「医療観光」を展開する方針を固め、医療機関と協議を始めた。このような医療観光は、ロシアの人々にとっても、とても関心の高い観光となると予想される。

よくない回答③
 久留米市の医療は、いまや海外からも注目を集めるほどになっている。西日本新聞(2011年1月3日朝刊)は、ロシア唯一にして最大の政府直轄経済団体である「オーポラ・ロシア」が、2011年以降ロシア国内の富裕層をターゲットに展開する「医療観光」の中心地の一つとして久留米市を挙げ、すでに久留米市の医療機関との交渉に入ったと伝えている。このような医療観光は、ロシアなどの富裕層にたいしてもとても関心の高い観光となると予想されるだろう。

 ①も②、③もいわばコピペの文章です。
 ①は、最も典型的な盗作です。自分で調べたわけでないのに自分が調べて書いたような内容になっています。出典がありません。そして自分の意見もありません。

 ②は、コピペではなく、文章を削ったり修正したりして書き換えています。しかしこれも×。コピペを隠そうとしていると解釈することもできるため、とても悪質な盗作と判断される場合もあります。

 では③はどうしてよくないでしょうか。
 ③は出典が書かれていますが、自分の意見と引用が区別して書かれているでしょうか。
 よく見ると、「このような医療観光は、ロシアなどの富裕層にたいしてもとても関心の高い観光となると予想されるだろう」という意見は、新聞記事の「意見」のそのままです。

 この③の修正例を以下に挙げておきます。

③の修正例
 久留米市の医療は、いまや海外からも注目を集めるほどになっている。西日本新聞(2011年1月3日朝刊)は、ロシア唯一にして最大の政府直轄経済団体である「オーポラ・ロシア」が、2011年以降ロシア国内の富裕層をターゲットに展開する「医療観光」の中心地の一つとして久留米市を挙げ、すでに久留米市の医療機関との交渉に入ったと伝えている。そしてこの西日本新聞の記事では「このような医療観光は、ロシアの富裕層にとって、とても関心の高い観光となると予想される」と指摘している。こうして海外の大国から白羽の矢が立つということは、それほどに久留米市が有する医療技術・医療体制の充実度が、世界に誇れるレベルであることを証明する事例といえよう。

 新聞に書いている「意見」は、「そのような意見が新聞記事に述べられていた」という「事実」として紹介することができます。
 この点については、『大学基礎講座』p137で説明していますので、必ず、参照しておいてください。

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ポイント
 他の人の意見を、自分の意見のように書いてはいけない。[/scode]

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