後奈良院御撰何曾

後奈良院御撰何曾

ごならいんぎょせんなそ

『後奈良院御撰何曾』

室町時代の日本最初のなぞなぞ集。後奈良天皇編。1冊。永正 13 (1516) 年と巻末に記され,172題の謎を収める。「ろはにほへと」 (先折れかんな,岩なし) ,「嵐は山を去って軒のへんにあり」 (風車) ,「十里の道をけさ帰る」 (濁り酒) などのような文字遊戯や地口の類が多い。「母には二たびあひたれども父には一度もあはず」 (唇) は,当時の発音[ ΦaΦa ]あるいは[ Φawa ]を示す資料としてよく引用される。

 
 
 
 
 

● 後奈良天皇

後奈良天皇(ごならてんのう、1497年1月26日〈明応5年12月23日〉 – 1557年9月27日〈弘治3年9月5日〉)は、日本の第105代天皇(在位: 1526年6月9日〈大永6年4月29日〉- 1557年9月27日〈弘治3年9月5日〉)。諱は知仁(ともひと)。

三条西実隆、吉田兼右らに古典を、清原宣賢から漢籍を学ぶなど学問の造詣も深かった。御製も多く、『後奈良院御集』『後奈良院御百首』などの和歌集、日記『天聴集』を残している。さらに、なぞなぞ集『後奈良院御撰何曾』(ごならいんぎょせんなぞ、ごならいんごせんなぞ)[5]は、貴重な文学資料でもある。

 
 

● 文学研究

亀井孝が「ハ行音がかつて軽唇音(すなわち、両唇摩擦音F)であったことを証明するための“古典的な”資料として専攻の学徒のあいだにこんにちではひろく知られているかの『後奈良院御撰何曽』のなかのなぞだて」と書いたのは半世紀近く前である。いまではそれを知るのは「専攻の学徒」に留まらない。インターネットで検索するならば、専門家が書いたとは思われないサイトのあちらこちらにもこの謎々が現れる。その知識を提供しているのは日本語史の教科書や一般向けの新書類である。その例を最近のもので挙げておこう。

 
 
 
 
 

○半沢幹一他編集『ケーススタディ日本語の歴史』このことから、『後奈良院御撰何曽』が成立した時期以前には、「はは(母)」の発音は、現代のように唇が合わない[haha]という発音ではなく、上唇と下唇を触れ合わせて発音する両唇摩擦音の[Фa]で発音されていた可能性が高いことがわかる。しかし「はは」は、ハ行転呼音により[ФaФa」から[Фawa]になっていたはずである。となると「母には二たびあひたれど」にやや疑問がのこるが、ワ行音の[w]も[Ф]よりも弱いが唇音性が認められることから、唇が2度あうと認めても不当ではないだろう。

○近藤泰弘他『日本語の歴史』この、「母には二度会うけれども父には一度も会わないもの(答)唇」というなぞは、「母」という語を発音するときは唇が二回合うが、「父」と言うときには一度も合わないということを示している。「母」は当時は[Фa Фa]または[Фa w a](キリシタン資料にはfa uaが多く見られる)であったから、このようななぞなぞが成立したのである。

○山口仲美『日本語の歴史』どうしてそんな子音であることが分かったのでしょうか。永正一三年(一五一六年)に出来た『後奈良院御撰何曽』に、こんな謎々があることが一つの証拠でした。(中略)けれども、室町時代以前のハ行音の子音が江戸時代以後とはちがって、唇を合わせて「ファ[Фa]「フィ[Фi]」「フ[Фu]」「フェ[Фe]」「フォ[Фo]」であると考えた時、謎々の答えが「唇」であることの意味が分かったのです。

○沖森卓也『はじめて読む日本語の歴史』それは「ハ」の発音は両唇摩擦音で、上唇と下唇が合うが、「チ」の発音では唇が合わないというわけです。このようにこの謎々を持ち出すのが定石である中で、沖森卓也編著『日本語ライブラリー日本語史概説』の「第2章音韻史」(肥爪周二執筆)が全く触れていないのは、注目される。恐らく執筆者の見識を以て意図的に無視しているものと思われる。この謎々が諸書が述べるように音韻の変遷の証拠になるのかどうか検討を加えたいが、その前に初めてこの謎々をハ行頭子音の変遷と結びつけた新村出の記述を確認しておこう。

○新村出「波行軽唇音沿革考」活きた発音をとらへた好適例だと思はれるのは、同じく『群書類従』「雑部」に収めてある『後奈良院御撰何曽』のうちに見える唇音のことである。この書は後奈良天皇が二十一歳まだ即位以前であらせられた永正十三年正月の御撰で皇室文学中無比の特色をそなへたものである。その何な曽ぞのうちに次のやうなのがある。母には二度あひたれども父には一度もあはず、くちびる(唇)。これはハハといふ語を発音するときは、唇が二度はたらくけれども、チチといふ語の発音には唇が一度も相接しないといふ意味であらうと思ふ。

本居内遠は『後奈良院御撰何曽之解』(嘉永二年)に之を釈してかう云うてゐる。母は歯々の意、父は乳の意にて、上唇と下歯、下唇と上歯とあふは二度なり、我乳はわが唇のとゞかぬ物なれば一度もあはぬ意にて唇と解たるなり、是は変じたる体の何曽にていとおもしろし、この解釈は牽強であつて御真意を誤つてゐる。ハハ(母)はfa fa又はfa waと発音するから、唇が第一のハで一度、第二のハ(又はワ)で一度、都合二度会ふわけであるが、チチ(父)といふ語の発音には、唇は一度も関係しない、といふ御実感をおあらはしになつたものに違ひない。御敏感さがうかゞはれる次第である。若し右の解釈が当つてゐるとするならば、永正時代における京都、しかも皇室の発音がわかるわけで、即ち波が軽唇摩擦音であつた証拠になるので、このがはの無二の好資料だといふのは、この点である。永正より慶長までは百年に足らないが、天正より文禄慶長の南蛮がはの国語資料に於ける波行音のFが必ずしも一二史学者の説けるが如く地方訛りや欧人の写音法の誤りでない所以は、この京都標準音の立証によつていよいよ明かになると信ずる。本居内遠の解と比較するならば、新村のは見事なほどに鮮やかである。ただ今日から見ると、後奈良院自身の製作であるかのように理解していること、また後に検討するように『群書類従』に依拠していることは問題である。なによりも「即ち波が軽唇音であった証拠」となるための条件がはっきりしない。

 
 

● 要点

  • ハ行子音の変遷に関してよく問題とされる、以下のなぞなぞについて

    • (問)母には二度あひたれども父には一度もあはず (答)くちびる(後奈良院御撰何曽)
    • 「はは」が現代と同じ[haha]であれば、唇が「二度あう」ことはないので、この頃(天理本『なぞだて』、1516奥書)は[ɸaɸa]であったと解釈できる、とするもので、概説書に頻出するもの
  • 検討を要する点として(いずれも難癖のようではあるが)

    • 濁点無表記で本来は「ばばには」である可能性があり、その場合はハ行頭子音が[h]であっても問題ない
    • 既にハ行子音が[h]であった頃の『謳曲英華抄』(1771刊)に、ハ行音を「唇を合はす」とするなど、唇が「あう」ことの解釈が不明
    • なお、このなぞなぞの祖型として、『聖徳太子伝』(叡山本1454頃)があり、こちらは「母・父」の読みでしか解けない
  • 以上の理由により、

    • 「母・父」の読みで解く蓋然性は高いが、この『なぞだて』の謎単体が、ハ行子音が[ɸ]であったことの証拠を持つものではない

● 後奈良院御撰何曾之解

表紙の書名: 後奈良院御撰何曾之解

奥書に「右後奈良院御撰何曾一巻以一本校合畢 嘉永二年正月十一日(中略) 本居内遠」とあり

タイトル別名:後奈良院御撰何曾之解
タイトル読み:ゴナライン テンノウ ギョセン ナゾ
書写者不明/江戸後期
 
 

三輪の山もりくる月は影もなし 杉枕

三輪の山は古事によりて杉を神木とするより杉といふなりもりくる月の影なきは眞闇の意なり〈杉枕は杉木にて製したるなるべし透枕にて彫透しあるかとおもへと清濁たかへはさにはあらし〉上の語は何者と問かけたる語にて是によりて何曾といふなり下なるはそれを解たること葉なり以下皆同じば一々いはず准へてしるべし

あかしの浦には月すまず  張枕

赤石浦は播磨國なるよりはりまと解き月すまずは暗きことにて播磨暗と解きたりさて張枕革にても紙にてもはりたる枕なり

 

瀧のひゞきに夢はおどろく  あいさめ

解しがたし夢はおどろくは覺ることにて聞ゆれど瀧のひびきをあいといふに思ひよる事なし又あいさめといふ物もいかなる物にかしらず鮫の皮の一種などにかゝる名あるにや

雪は下よりとけて水の上に添ふ  弓

ゆきの下のきの字とけ去ればゆの一字となるをみづの上のみの字にそへてゆみと解きたるなり

 

春は花夏は卯の花秋楓冬は氷の下くゞる水  敷革

四句まで春夏秋冬にて四季なり下くゞる水は川の意なり花楓氷などは下くゞるといふべき爲の景物なり合せて四季川と解たるなり

をとゝひもきのふもけふもこもりゐて月をも日をもをがまざりけり  御神樂

一咋日咋日今日にて三日の意なり月日をもをがまぬはくらき意にて三日暗と解たるなり

 

おもふ事いはでぞたゞにやみぬべきわれとひとしき人しなければ  折敷

此歌は伊勢物語にも新勅撰集にも出て業事朝臣の古歌なるをそのまゝにて用ひたるはいと〳〵おもしろしおもふことをえいはずしてやむを唖子ヲシにとりなしひとしきの四字のうちひとしの三字無ければきの一字殘るを合せて唖子きと解たるなり下句など妙によくかなひて此中の秀逸ともいふべし但唖はもとおふしなれども後世はつゝめておしとのみもいへり折敷はをしきにてかなはたがへどもかなたがひは後世の歌にも例あればなぞには難にあらず下にもたがへるはまゝあり

ろはにほへと  いはなし

いの字はなしといふ意にて明なりさていはなしといふ物は水氣すくなく堅きを今木梨といふ是ならむといふ人もありされどおのれは今世にけんぼなしといふ物なるべしとおもふなり訛りてはてんぽ梨子ともいふ白かねのけんぽなしと鉢かつぎの物語にも見えたれば今の俗言のみにもあらず

 
 

ろはにほへと  さきをれかんな

先の折れてうせたる假名の意にて刄〓{金<ruby><rb>尖}の折れ缺けたる銫の事と解たるなり今|假名カナといふはもと假名なるを音便にてかんなといひしをつゞまりてかなとなれるなり

いろはならへ  かんなかけ

假字をけと命ずる意にて銫掛と解たるなり

いちごいはなし  ちご

いちごは覆盆子いはなしは前にいへるごとくともに小き果なりいちごのいの字無ければちごと解たりちごは乳子の意にて今いふ乳のみ子といふが如くこれをもとにてやや大やかになれるをも童形なるをちごといふは後世に轉じたるなり

 

さい  とのいもの(宿直物)

さいは妻なり夜を專にして寐に侍る意にてとのいする者の意に解たるなりとのいは御殿のうちに寐ぬる事にて男女をいはず俗にいふとまり番なりそれが着て寐べき夜具の類をとのい物といふなり者は人の意物は服器の意にて異なるをいづれをもものといふによりて何曾に解たる詮あり同じ事としては何曾になりがたし

やぶれ蚊帳  かいる

やぶれたる蚊帳には蚊入ると解たるなり蛙はもとかへるなれども通はしてかひるともいふを後世はすべてはひふへほをわゐうゑをのことゝいふ例に訛り來りてその上ゐといともかなはたがへども後世は口にいふ所混じたればかいるともかきたるなり

 

水  ゆでなし

水は湯にては無しの意にて解たるなりさてゆでなしといふ物はさはし柿の如く梨をも湯にてゆでゝ熟せぬを早く熟する事ありてそれをゆで梨と云なるべし

前なは目あきうしろなは目くら  みゝず(蚯蚓)

目あきはめくらに對していふ語にて目あれば物を見る意目くらは物を見ずといふ意にて見を前におき見ずを後におきて合せて見みずと解たるなり

 

ちりはなし  はいたか

塵は無しといへば掃たる歟と思ふ意にて俗言のまゝ音便に掃た歟と解たりさてはいたかは鶽にてはやぶさともいふ物鳥を取るに速ければ速鷹の意なるを轉じてはい鷹ともいへり

田  もみぢ

田は稻の籾を蒔く地なれば籾地の意にて紅葉と解たるなり

 

い文字  かながしら

いろは假字の第一の頭にいの字あれば假名頭の意にて魚の名の鐵頭といふものなりと解たるなり

御おんばくだい  縁高(フチダカ)

君恩の莫大なるは士を扶持すべき領地を多く賜へるなりされば扶特高の意にて器物のフチ高といふ物なりと解たるなり因に云ふ今の世には小祿なるをのみ何人扶持などいふ故に扶持といひては莫大といふにうちあはぬ如く思ふべけれど扶持は妻子を始め家士をも多く扶持すべき爲に領所を賜ふをもなべていふ事にて此何曾の比までも此意なりしなり高も位の高さなどひとしく尊多の意なり今の世の田地高村高などいふとはやゝ異なり

 

七日にまはりて人さすむし  尺八

人さすむしは蜂の意なれども七日にまはるを尺と解たる意考へがたくしひて思ふに僧などの托鉢を七日毎にまはる意にて錫といふ意か又は田地などに物をウヱて作るを七日毎に見廻る意にて作といふ意か尺をさくといふも古よりのならはしなり此何曾の比七日毎にまはるならはしの事猶有べけれど今の世よりはおしはかりがたし

うみなかのかへる  つた

海中の蛙といふ如くおもはせたる詞なるを十二支の卯巳の間は辰なりそれを反る意にてつたとなれは絡石ツタのことと解たるなり絡石はイハマトふ蔓艸の總名にて俗に蔦ともかけり

 

母には二度あひたれども父には一度もあはず  くちびる(唇)

母は齒々の意父は乳の意にて上唇と下齒下唇と上齒とあふは二度なり我乳はわが唇のとゞかぬ物なれば一度もあはぬ意にて唇と解たるなり是ら變じたる體の何曾にていとおもしろし

三位中將は何ゆゑ討れ給ふぞ  奈良火鉢

三位中將は平重衡なり此卿奈良の大佛殿を燒給へりし事平家物語源平盛衰記などに見ゆされば終に討れ給ふは奈良の佛火を掛給ひし罸ならむとの意にて奈良火鉢と解たるなりその比奈良の鑄物師の作れる火鉢を賞してかくいひけるなり春日燈籠大和風爐南都諸白奈良漬などの類稱なり

 

四季のさきに鬼あり  花扇

四季のさきは春なり春は花に逢ふ時の意なり鬼の字音きなれば合せて花逢鬼と解たるなり花扇といふ物は七月七日近衞殿より禁中に奉り給ふものなり

花の山は花の木はゝ曾のもりははゝその木  山守

花の山の花をのけてみれば山なりはゝそのもりも柞をのくればもりのみ殘るを合せて山もりと解たるなりの木を退ノキの意に見たるなり

 
 

梅の木を水にたてかへよ  海

梅といふ字の木篇を三水にかへて見れば海となるなり氵はもと水の字なり此故に篆にはかくの如きを横に略してかくして又省きて氵としたるかたち三の字に似たるより三水といふ

鷹心ありて鳥をとる  應

鷹の字の鳥をとりのけて心の字ある時は應の字となるなり

嵐は山を去て軒の邊にあり  風車

嵐の字の山を去れば風なり軒の字の篇は車なり合せて風車と解たり

 

竹生島には山鳥もなし  笙

山鳥を合すれば島の字なり此字無くて竹生の二字を合すれば笙となるなり

道風かみちのく紙に山といふ字をかく  嵐

道風の二字のうちみちといふ字をのくれば風となる此上に山といふ字を書けば嵐となるなりみちのく紙は中古の名産なり今も漉出す此名を道退上ミチノクカミの意にとりなして解たるなり以上五種八字カクによりたる何曾なり

 

みやづかひこそ無けれ身を捨てしはさかさまにひくは何そも  八橋

みやづかへといふべきを二句をいはむ爲にみやづかひとかよはしていへれど是は少ししひごとなり此語のうちかひの二字無くまたみの字をも捨ればやつとなるなりしはをさかさまによめばはしとなるを合せてやつはしと解たるなり

なさけある人のむすめに心かけ夕ぐれことにこひぞわづらふ  姫小松

人のむすめは姫子の意なり下句は待つ意にて合せてひめこまつと解たるなり初句と三句は詞つゞきに形容をそへたるまで何曾の主意にかゝはらず此類他にありなずらへて知るべし

 

もろこしにたのむやしろのあればこそまゐらぬまでも身をばきよむれ  唐紙障子(カラカミ)

もろこしの社は唐神の意なり身をきよむるは精進の意なり精進障子ともにしやうじともさうじともいへば合せてからかみさうしと解たるなりさて此ものは今からかみとのみいふは略語なりふすまといふはもとフスマの名なるを臥席の間にたつるよりかくもいふなりからかみ障子とつづきて一種の名なり今世にいふ如くからかみと障子とふたしなにはあらず今いふ障子はむかしはあかり障子といへりたゞ障子といふ時はすなはち裏表ともに張かさねたる今のふすまのことなり間を障へへだつるによりて障子といふなり子は金子扇子鑊子などいふに同じ

秋の田の露おもげなるけしきかな  螢

秋の田の露おもきは稻の穗の垂るさまにて穗垂の意にて螢と解たるなり

 

うはぎえしたる雪ぞたえせぬ  きつね

ゆきの二字消ればきとなるにたえせぬは常の意にて合せてきつねなり

待よひのうたゝね  車やどり

一本に人まつよひのとあるかたよしすなはち人の來る間の意なりうたゝ寐はやどる意なり合せてくるまやどりと解たり車やどりは武家の駒繋の如く車より人の下りてまつ間引入れておく舍をいふなり

 

上を見れば下にあり下を見れば上にあり母の腹を通つて子の肩にあり  一

上の字の下の畫は一なり下の字の上畫も同じ母の字の中腹をつらぬき通じたるも子の字の肩に引たるも皆同じく一の字なりかくさま〴〵にいふも何曾の一格なり是をかねては一の字四つなりなどいふはたとへなどの例をひろくしらぬ誤なり

保昌か刀にひを長くかいたる  ほうづき

刀は片名の意にて保昌のほうの稱のみをとる日の字を長く引て書くは月といふ字なり合せてほうづきなり酸漿はもとほゝづきなれども此ころは今もひとしくほうづきといひしなり刀に樋を彫ることを缺くといへるにや又その意はなくても有べし

 

しちくの中のうぐひすは尾ばかりぞ見えける  はちす(蓮)

しちくは紫竹と聞ゆるやうにいひて意は七九なり此數の間は八なりうぐひすの尾ばかりはすの字なり合せてはちすと解たるなり

らふそくのさき鯛の中にあり  たらひ

らふそくのさきはらの字なりたひの中へらの字をくはへて盥なり

 

かみはかみにありしもはしもにあり  卜

上の字の上は卜下の字の下も卜の字なり前の一の字と解たるに同じ意なり

櫻所々にひらきたり  花紫

櫻は花なり花とのみいへば櫻のことなるはいにしへよりのならはしなり所々にひらくは群咲ムラサキの意なり

 

人をうらみて昔をかたる  いれもとゆひ

人といふ字を裏より見れば入となる昔をかたるは舊をふなり合せて入もとゆひと解ちり言はいひ髻結はもとゆひにて假字も聲もたがへれども此ごろは今とひとしく通はしいへり古くも行くをいくともいへば近くかよふ聲なり入髻結といふものは髻を括り結べる外に外飾に數多く結ひ見る類なり是より變りて今の世は丈長紙髷括などくさぐさに轉じ來れり

練糸の眞むすび  徳大寺

ねりいとは今いふねりぐりのことなりこれの眞むすびにしまりたるはほゝけてうるはしうはときがたき物なれば心をひそめてする意より解大事トクダイジの意なり

 

ないしのうへのきぬ殿の上かさね  鵐({シトヽ)

一本には内侍の上のきぬ藏人の下襲とありて此方まさりてきこゆないしの上をのくればしとなるとのゝ上はとの字なり是をかさぬればとゝとなる合せてしとゝなり一本くらうとの下をかきぬれば是もとゝとなりて同じ

きとうちかへすさいの目九つ  解櫛

雙六の語にていへりむかしはすぐろくをうつといへり今ふるといふは語いやし中々にいやしき博奕には今もうつといへりさてきとは俗にきッとゝ引つめていへり此きとの二字をうちかへせばときとなる釆の目九ッは五四グシと雙六にいふ此數を合せたるなりつらねてときくしと解たるなりときくしは刺櫛に對したる語にてさしくしは外飾のもの解櫛は實用のものなり

 

喜撰の歌はせんもなく歌もなし秋の月の睨の雲にあへるが如し  木まくら

一本には歌のせんもなしとあり此方まさりて聞ゆきせんのうたといふうちを歌のせんといふ語無ければきの字のみ殘れり秋の月の云々は古今集の序の詞にていひて眞暗の意なり合せて木枕と解たるなり

火をともし候そ御入さふらへ  あかりしやうじ

火をともすはあかりなり御入候へは人を請じ入る詞にて合せてあかりしやうじと解たるなり

 

けふは朔日あすは晦日  さかづき

月のはじめ前日にありて翌日月のをはりなるは逆なれば逆月の意にて盃のことゝ解たるなり

十里の道を今朝(ケサ)かへる  にごり酒

十里の道は二五里の意なりけさをカヘせばさけとなる合せて濁醪と解たり

 

やわたりのあした  墨染の袈裟

一本に家うつりのあしたともあり意同じ家わたりは往初の意なり朝はけさの意なりつらねてすみぞめのけさと解たるなり因言今の俗には翌日をあした前夜をゆふべといへどそは轉じたるにてもとあしたいふべは朝夕のことなり

風まつ房主  鈴虫

風まつはすゞむ意なり房主は師の意なり法師を略して古くよりかくいへり合せてすゞむしと解たり房主の房は居所にて庵主などいふと同義なり今坊主と書くは誤なり坊は町街の名にて僧には由もなき字なり

 

ほうり房主  長押

ほうるは投の意なり房主は前に同じく合せてなげしと解たるなり

戀の評定  扇

逢議の意にてあふきと解たるなり議は事を言ひはかるなり

 

因果歴然  㺜犬(ムクイヌ)

歴然はまさに明なる意にて報いぬと解たりぬは畢たる意にて既に事濟たるなり或人いふ因果とのみにて聞ゆべし歴然は不用の語なりといふてにをはにくらき故なり因果とのみにてはむくいにはよけれどぬの字さだかならぬなり

門を兩方からたつる  合砥

あはせ戸の意にて解たるなり是らは興うすし

 

三里半  側几(ヨリカヽリ)

四里かゝりの意なり物を爲竟ぬを今も爲かゝりといふことゝいまだ四里におよばざる意にて三里半をかけたるなりよりかゝりは脇側といふ類をいふなり

夕まとひ  茜(アカネ)

夕まとひは宵まとひともいふくるゝをまたで寐むとする人をいふにてまた日の明きほどより寐る意にて明寐を茜の意に見て解たるなり

 

なぞたて十三  解櫛(トキクシ)

なぞはもとかういふは何ぞと問かくる語にてつひに此わざの名になりたりさて此ことをするをなぞたてといひけるなり今はかういふ語をさへ知る人なくなりたり料理の獻だてちからわざするを腕だて行列の供だてなどいふ同じさてなぞたては解を專とする意なり十三は九と四と合せたる數にてつらねてときくしと解たるなり五四グシといふはすぐろくの語なり

ふる天狗  こま

天狗は魔の意なり古てんぐにて古魔と解たるなり此解たるこまは駒か狛かいづれにてもたがはず

ちしほ  手覆(テオヒ)

血しほは手負の意痛手を負ひて血出る意なるべけれどちしほとのみいひたるは少し言たらずきこゆ手覆はもとておほひなれどつゞめてかくもいへばておひと解たり

 

暦  火掻

こよみは日毎によしあしを記せれば日書の意にて火掻と解たり火掻は今十能といふ物なり十能の名何の意より出たるかいまだ考へず十の能ありなどいひならべたる説十能の字よりおしあてに空説をいへるにて論にたらずもしは燒嚢などいひしを訛りてしうのうといへるにや

 

あま雲  日かくし

天雲か雨雲かいづれにても日をかくす意にて解たるなり日がくしは庇の事にてひさしはもと日障の意なり元來軒の副葺をいふ名なれどもその下の間をもひさしの間とも日かくしの間ともいひ又間といふことをはぶきて清凉殿の南ひさしなどいひて席をいふ事ともなりたり

川風  水蕗

川風は水を吹く意にて水蕗と解たり一種の水菜の名なり蕗といふ名は莖の中通りて空ありて切て吹けば息の通ふ草をいへるにて常のフキはもとより水ふき石蕗も同じ本語は何れもふゝきにて牛蒡を馬ふゝきと和名抄に有も此意なり山吹も元莖の蕗に似たるよりいふなり

 

竹の中の雨  やぶさめ

竹の中の雨はやぶさめなり雨をさめといふは上の語よりたゞちにつく時は春雨群雨ムラサメなどいふ如し氷雨小雨ともいヘりやふはもと彌生の意にて草木何によらず叢生したるをいふ心なるを後世は竹の繁茂したる所のみをいふ名となりたりやぶさめは元流鏑馬の意にて流鏑馬と書くも鏑矢を射流す意なりふせは火ブセなどいふに同じく邪祟を鎭遏る爲に神にいのりてするわざなり

泉に水無くして龍かへる  白瓜

泉の字水無ければ白となるりうをかへりてよめばうりとなるを合せて白うりと解たるなりかけたる語よりづゞきてしかも思ひよらぬ物に解なされて面白し

 

はちまき  かしらからげ

此なぞ心得がたし群書類從の本にかし山からげとあるはらの字を山と誤れるなること一本にてしられたれどかしらからげといふ物別にあるにやしらずはち卷かしらからげなることはいはでもしるければそれのみにてはなぞにはなりがたしもし元結やうの物か

野中の雪  柚(ユ)の木

のゝ字を中へいれてゆきを上下にわくれば柚の木とゝかれたり

 

よひかへせ〳〵  ひよ〳〵

よひを下よりかへせばひよとなるをかさねていへるなりひよ〳〵は鳴聲より出で雛鳥をいふ名なり俗にひよ子といふも意は同じ聲とのみ思ひてはわろしなぞをときたる語はみな體の物ある名目の例なればなり

 

御前にさふらふ  五葉松

御前に侍るは御用を待つ意にて解たり御用はごよう五葉はゴエフにてかなはたがひたれど後世はすべて音聲亂れて同じさまに口にいへばかよひて聞ゆるなり

ゆるりの追風  佩楯(ハイタテ)

ゆるりは圍爐なり風ふけば灰のたつよりはひたてと解たるなり

 

柚は皮ばかり  炭斗(スミトリ)

柚の酸は實にあり皮ばかりにて酸味を取去たる意にて炭斗と解たるなり

火鉢の下に炭かしら  蓮

火鉢の二字の下のみははちなりすみの頭字はすなり合せてはちすと解たり

 

臆病武者の軍評定  挽木

引退かんとする氣質見ゆる意にて臼の挽木と解たるなり

うへもなき思を佛とき給ふ  心經

思といふ字の上なきは心となる佛のとく法は經なり合せて心經と解きたり

 

けふの狩場は犬もなし  尺(タカバカリ)

狩に犬なきは鷹ばかりの意なり尺は俗に物さし又鐵にてつくるよりかねざしなどもいへどいにしへはたかばかりといへり丈量の意なり因にいふかねさしは鯨尺に對して鐵尺なりとの意通例なれども又思ふに曲尺は寸尺を量るのみならず曲か直角の方正をも訂し又裏面には正角の斜をも示したれば兼用ふる意にて兼尺といふより出しも知がたし

老男袖をひろげてたちまはる  燒亡

老男は尉の意なり袖をひろげてたちまはるは舞ふさまなり合せて尉舞ふを燒亡の意にかよはし解るなりかなたがひの事は前にいふ如し尉は音いにてしようの音にはあらぬを署官の八省の丞の字の音より出で判官をすべてシヨウといふより四衞府の判官の尉をもよみ來れりさて尉の字に老男の意もなきをかくいへるは亂舞の式三番にあとの尉いろの黒き尉などいふはたゞ名をさゝず人官もていふ稱なるをその假面皆老人の容なるよりつひに尉といふを老人の稱の如く心得誤たるひが事ながらはやく此なぞの比もさやうのかたにていへるなり

 
 

ほうづき  鉞(マサカリ)

鬼燈はもとほゝづきなるをほうと引て轉じたりそれを頬づきの意にて目さがりと解るにや頬は目より下に下りたる所なるよしなり目放りよとおもへどさては頬にかぎらぬとなりこの意ならばあまりおもしろからぬかたなり猶解ざまあるにやしらず

十三になれどもひだるい  串柿

十三は九四の數を合せたるなりひだるいは餓鬼の意にて合せて串柿と解たるなり

 

海の道十里にたらず  蛤

海のみちは濱の意なり十里にたらぬは九里なり合せて濱ぐりと解たるなり

何も漆の有る時  塗桶

なにゝてもうるしの有合せたる時には塗りて置けと命ずる意にて解たり塗桶は埿土にて製し素燒にして黒漆をぬりて綿つむ具なり

 

なぜに醉た  推葺

いかにそのやうには酒に醉たるぞととがめたる意にてそのよしの答をもし解たるもなぞの一種なり強てすゝめたる故にと答たる意にてしひたけといふは此けの辭西國邊にては今も語の末にけにとそへていふ關東江戸などにても行たりを行たつけ來たりを來たつけなどいふ意也轉じて決着の時におしはかる時にもいへどまづはやゝうたがひてさたかならぬ意をふくみたり又そのわざその故といふ所にも何々のにてなどいふは殊にこゝにいふ所に近し

垣の中の篠  鵲

かきの二聲の間にさゝを入るればかさゝぎとなるなり

 

深山路やみやまがくれのうすもみぢもみぢは散りてあとかたもなし  茶臼

みやまぢやといふうちのみやまかくるればちやの二字のこるうすもみぢのもみぢちりてあとかた無ければうすの二字のこるを上と合せてちやうすとなるなり

 

ふくろうの黒うはなくて耳づくの耳のなきこそをかしかりける  文机(フヅクヱ)

ふくろうのくろう無ければふとなる耳づくみゝ無ければづくとなるをかしは笑ふざまにて笑といふ意なり笑顏なきいふゑと同じ合せてふづくゑと解たるなり

 

宇佐も神熊野も同じ神なれば伊勢住吉も同じかみ〴〵  うぐひす

神をすべて上の意として宇佐くまのいせすみよしの四ツの上の聲をあつめてつゞくればうぐいすと解るゝなりひといとかなはたがへど上にもいふが如く後世口稱みたれたればかよへり

輿のうちの神幣  柿團扇

此何曾うまくは解得がたし輿は舁くものなればかきうちの意か又はカキの意に見たるにやさて翳をさしはとも又はとのみもいへば幣をその意に見てかきうちはと解たるにやあらむ猶考ふべし柿うちはは今もいふごとく柿の澁をぬりたるうちはなり翳は鳥の羽をもてつくる故に羽といひさしかざすものなればさしばともいふなり

 

にくさにさりぬさまながら忘れぬ  軒のしのぶ

にくさにさりぬは離縁の意にて退ノキたるなりさはあれどなほ心にわすれぬはその人を忍ぶなりしのぶに三種の意ありしたふ意なるはこゝの如し憂きをしのび寒さをしのぶなどは堪忍びこらへゐる意なり人目しのぶなどはかくす意なりさてつらねてのきのしのぶと解たるなり軒のしのぶといふ艸は壁生艸とていつまで草ともいふ物なり朽たる軒朽たる樹などに生ふるものなり今の世軒下など釣りて蓬の葉の小細なるやうの物をもしのぶ艸といへどそれにてはあらず

寄手のひがごと  じやうり

よせ手は城などへせめよせたる軍陣にてひが事は無理の意なれば城方の理なりといふ意にてじやうりと解たるなり今の世草履のことを女わらべなをはじやうりといふこれなり此ごろよりはやくかくもいひけるなり

 

鹿をさしていふもならひ  馬莧(ウマヒユ)

鹿をさして馬といひしは秦の世の趙高が威を試たる故事にてあまりなるしら〴〵しきたがひの世のたとへにいひならひたれば譬喩の意にて馬ひゆと解たるなり莧は野菜にあり馬とそへていふはそれに似てやゝ異なるをいふ稱也フヽキに似て異なる牛蒡を和名抄馬ふゝきとあり農具の馬鍬よた馬槽も此類なり和名抄は青葙をも牟末久佐鱧膓莫といふもありソ宇末木太之とあり此類ならむか犬蓼犬山根犬櫻の類なり山といふもあり山多豆山牛蒡山ぶき山白蘞カヾミ百合ユリ山薯蕷山ヲトコ山姥の類なり藪といふもあり蘞虱蘞茗荷藪醫の類なり鬼といふもあり鬼蓮鬼薢鬼薊の類なり姫といふもあり姫百合姫桃姫糊の類なりヒとのみそへたるもあり曾祖父曾孫柃非藏人の類なり是らを非の字の音と思ふは誤にて一重隔てある意なり野といふもあり野菊野石竹の類なり此外にも草木花葉川里濱鳥名異國の名狐なとをそへて分ちいふもあり何れも眞物の他に似てやゝたがへる物をいふ名なり又同じ物にても生ずる所のたがひによりていふもあり時候のたがひにて春夏秋冬などをそへていふもあり此類は別にくはしく記しおきたれども因にいさゝかこゝにいふなり又色をもて赤某白何黒何など分ちいふもあり猿滑犬走島歪樹の類は別にその意ありてつゞきたる名なれば北側とは異なり

 

夢かへりて宵過ぬ  目結(メユヒ)

ゆめをかへせばめゆとなる宵過れば日となれば合せてめゆひと解たるなり目結といふは今いふ鹿子絞カノコシボリの事なり眼の如く糸もて結びて染ればなり鹿子といふも鹿の脊の點斑に似たればなり紋所の三ツ目結四ツ目結も是なるを今は結をはぶきていふ如くかの子絞もかのことのみいふやうになりたり

さしぬきのすそ梅(損)したるかへり花  さし繩

さしぬきの語すそ損じたるは下をはぶく事にてさしとなるかへり花ははなの二字かへることにいひなしてなはとなるを合せてさしなはと解たるなり

 

やたら足をやすめず古さとにかへりてはゆく山路なりけり  木天蓼(マタヽビ)

古さとにかへりは又ゆく意にて又旅といふ語に見て解たるなり木天蓼は古くはわたゝびといひしかど後には今の如くまたゝびともいふなり

廿人木にのぼる  茶

木の上に廿人の字をそふれば茶の字となるなり但此何曾は古くも茶の事を艸人木などいへどめづらしからぬかたなり

 

金柑のくひやう  にし

此なぞ解しがたし此ごろの諺など又きんかんは三ツくはぬ物なりなどいふ事のありもやしけむさらば二四の意にてきんかんは二ツか四ツかくふをならひとするなるべし今世俗に香のものなどを三切を身切の聲に聞ゆるをいみて二きれならざれば四きれもる事などある類なるべしさて解たるにしは西の意か赤螺子ニシかいづれにてもたがはず

やぶれせんざい  梨壺

せんざいは前栽にて後園に對したる名にて南おもての艸木をうゑたる庭にて今もつぼのうちなどいふ書院の前庭なりやぶれはその破壞して艸木も無きをいひて無し壺と解きたるなり梨壺は禁中五舍のうちの一舍にて昭陽舍といふ殿トノをいふ此殿の前庭に梨樹あればなり此御石庭は壺壷などかきて音もコンなり器物の壺と同じからず

 

はちの中の海藻  しめじ

鉢の中ときこゆるやうにいひて意は八の中なり海藻は和布なり八を二ツにわけて四々の中にめをいるゝ故にしめじとなるなりしめじはキノコの名なり

露霜おきて萩の葉ぞちる  月

つゆの下を除けばつとなるはぎのはを散失すればぎとなる合せてつきと解きたるなり下をのぞくを霜置しときこゆるやうにつらねて上下の意通じたるかけ辭歌の下句のしらべになりていとよく月ととかでも同じ秋の景物にて此なぞおもしろし

 

風呂のうちの連歌  袋

ふろの間に句をいるればふくろと解るゝなり連歌は句の事ときかせたるなり

しほ〳〵としほ〳〵〳〵としほ〳〵としほたれまはるやどの夕顏  やしほのひさご

しほといふ語八ッあれば八しほなりゆふがほはヒサゴなりひさごは生りたるの中を拔きて皮を乾かし用ふれば久しくたもつ物なれば久皮ヒサゴの意なるべしかはをこといふは吹革フイゴももとふきかはなるをふいごといふが如しやしほは異國より舶れる椰子といふ木實コノミの皮にて甚堅きものにてこれもひさごなりやしほのほは木の實をさしていふ一種の稱にてもと矛といふ言の略なり古事記に橘の數をいふに矛八矛と見ゆ今の世に九年ぼあり櫻實をさくらんぼといひけんぼ梨子もあり柿にきおんぼといふもありてみな同じ意なり

 

いひそめし日より心をつくすかないつ逢そめてうちはとくべき  め(目)づくし

おもては戀の歌にいひなしてそれといひ出しより心をつくして物思ひをする身なるがいつより逢はしむるやうになりて戀しき人の心もうちとけゆくならむといふ意なりさていひそめを糸にて結びはじむる意にたとへ逢そめを藍染ときかせ染たる上に解く意なり三句盡すはこと〴〵くの意にて目づくしと解きたるなり目といふは鹿子絞なる事前の目結の條にいふが如し目盡は一面にひまなく目結したるにて俗に今一向鹿子ヒツタカノコといふ意なりひツたはひたすらひたものゝひたにてひとへにといふも意同じイヒと結とかなたがひ逢藍とも假名はたがへど是ら皆後世は口稱まぎれてかよはしいふならひなり

人突く牛をとくうのき見む  ひつじ

くうしといふ語の中をとくうの三聲を退けて見ればひつじと解くなり人つく牛に出あひて危ぶければ疾退べしといふ意にて疾くうといふはくの音を引ていへばくうとなる故にきこえぬ語にはあらず古くも詩歌をしいか女御ニヨゴ女房を世にようごにようばうなどいへりかつ畿内邊の人の訛として一言の語は多く引て言ふ癖あり和布をめいと言ひ子をこう日火もひい手をていと言ひてみづからは心つかず語輕ければひくともなく長くいふなり此故にめいていの類はめェてェときこえていとはきこえねど是は語例にてしるすなり四時シイジ露路ロウヂなども同例にて猶多くあり

 

かりはひがことはなをかへすゆゑ  鐵輪

かりはひがことは非事ヒガコトにてあらぬ意なればかのみ殘るはなをかへせばなはとなるをあはせてかなはと解たりかなはなれどもかなたがひは此ごろは論におよばず此かけたる詞よくもあらず古今集に春霞たつを見捨てゆく雁は花なき里にすみやならへるとある歌の意にて花を捨てゆく雁はひがことなりとの意はきこえたれど花にかへるゆえといふべきをなぞの爲に花をかへすといひたればかくては雁が花を歸しやるやうにて歌の意とたがへるのみならず語の意もとゝのはず

羊の角なきは仙人の乘物  菱鶴

ひつじのつの字無ければひしとなる仙人の乘物は鶴の意にて合せて菱鶴で解きたり菱鶴は織物の文の名なり

 

妻戸の間より歸る  松

つまどのまの字より上へ反ればまつとなるなり

雪のうちに參りたり  湯卷

ゆきの間にま入ればゆまきとなる參はまゐるにているとかなはたがへど例の後世のならはしなりかけ詞かくつゞきてきこゆ湯卷はもと湯に入る時女の前あらはならぬやうにこしに卷たるよりの名にて常はまかずかりそめなる故に今も紐はなきを本義とすつひに紐をつけて二幅といひて常に下袴のかはりとすることと轉じたれども名はもとのよゝにていひ又湯具ともいふ湯文字といふは女詞の例にて〓{手|夕}子を〓{手|夕}文字肴をさもじ目見を目もじなどいふ例なり髮をかもじといふを又一轉して今は副髮の事となりたり此類もなほ多し

門の中のかみなり  唐糸

かどの間にらいの二聲を入るればからいとゝなるなり雷の字音らいなればなり唐糸の名はもと舶舶{ハク}來の糸より出でつひに一種の糸の名となりたり此例は唐衣唐猫からくれなゐなどの如く必しも異國の物にかぎらすやゝ常に異なるをいふ稱なり

みたらしのみそぎ  たらし

御手洗川は神社近きほとりの川をいふ賀茂社にては則加茂川をいへり伊勢物語に戀せじとみたらし川にせしみそぎ神はうけずもなりにける哉此歌の詞にてかけたるなりみたらしのみをそぎ捨ればたらしと解るゝなりたらしは弓の事なり但此なぞはかけ詞のいひさまはよくて解たる所は詮うすしみの字をはぶかずみたらしといひても弓の事ともなればなりみはの意にてあるもなきも意はかはらず元來は萬葉集などに御執之梓弓など出てとらしはトリを延たる語にて弓は士の手にとるべき物なればかくいふこと劔は身にハク物なれば御はかしといふと同例なるかとらしはたらしと轉しはかしははかせと轉し來れり川にいふみたらしは御手洗ミテアラはしといふ語のつまりたるなり

 

京中にてぞ夜あけぬ  五條袈裟

京中は五條の意夜あけたるは今朝の意にて五條にけさ參るさまにて解たるなり此なぞ五條を京中といふならばよけれど京中といひては地名多くひろきを五條とのみきかせんは少し荒凉なるいひさまなり

春の農人  たすき

春は農人の田を鋤かへす時なればたすきと解たるなり

 

ゐなか人の聲  鉛(ナマリ)

田舍邊鄙の人の語は訛謬ナマリある意にて鉛と解たるなり

脊のうしろは駒のすみか  腹卷

脊のうしろは腹なり駒のすみそだつ所は牧なり合せてはらまきと解たり

 

魚とる鳥の物忘れ  温飩

魚とる鳥は鵜なり物忘はドンなるなりつらねてうどんと解たるなり

ゑのころの湯洗ひ  犬蓼

ゑのころは犬なり湯洗ひは蒸温タデなり俗にも痛所などを藥湯にて洗ふをたでるといふ合せて犬たでと解たり犬蓼は葒草なり蓼に似てやゝたがへる物なる事前にいへるが如しさてゑのころは古くは犬をゑぬともいへりぬとこと通ひてゑのともいふなりころは子等コラを轉じていふにて狗兒イノコにてあれどもなぞは解詞をあらはにいはぬが主なれば犬といはざる爲に語をかへてかくいへるなり

 

五輪の下の化物  袴

五輪の下は墓なりばけものは魔の意にてはかまと解たるなり或人いふ五輪にて墓はきこえて下といふ事は長物ならずや答ていふそは今世に石塔婆をやがて墓といふ物と心得たる誤なり石塔は石塔婆なり又塚とも墳ともいふ墓なり猶くはしくいはゞ五輪とのみにては地水火風空の事にて石塔婆卒都婆のみの事ならねば五輪の塔の下ともいふべきなれどそは世にいひなれたるまゝにてわづらはしくはいはぬながら下のといへるにて此頃までは今の如くは心得誤らざりしこと知らるゝなり

それたべておつとる  紅梅

稚子のわけなく物をほしがりてくひて取るさまの詞にて子ウバヒの意にて紅梅と解たるなり稚子といはざれどもおつとるなど語勢をそへて引うばふわけなき意をこめたりたべはたまへにて俗にくれといふに同じ

 

やとのけいせい  一越調

けいせいは遊女なり功をつみて手だれの業あるをこつちやうといへりこはよく人の心をまどはす意を古狐の人を魅すにたとへ古狐は頂の毛兀たるよりして兀頃といふ戯語にてその中にも第一の功者の意にて一兀頂一越調と解たるなれとやとゝいふにて一の意をふくめたる意知りがたしおもふにやとは宿驛などにゐる遊女にてそは普通の所のけいせいよりも旅中多くの人にも馴れて轉變速なればことに眞情は無くして誑惑すこと多き故なるべしけいせいの名は一咲傾城などの語より出たり此稱宇治拾遺物語にけいせいと寐たる夜など見えたるは正しく遊女の事なりたゞ美色をさしていふとはやゝ異なり

さゝかきわけて鹿やふすらむ  さし傘

さゝをわけて中にしかを入るればさしかさと解くなりさしかさとはたゞちに着る笠あるに對しての名なり

 

楊枝のさきに血つきたり  丁子

やうじの上にちをつくればちやうじとなるなり

山雀が山をはなれてこぞ今年  唐錦

山がらの山はなるればからとなるに去年今年は四季ふたつなれば二四季ニシキの意なるを合せてからにしきと解たるなり

 

三十六町さきにふくろう鳴きて蔀遣戸たまらず  一りうほうさいやれ

三十六町さきは一里なりふくろうのなく聲はウホウときこゆるなり蔀も遣戸も物のさかひにありて際の意なりたまらずは破れ損じたる意なりつらねて見れば一里ウホウ際破れと解くなりさて此語何の意か今世にてはきかぬ語なるを考ふるにむかしの神祭の練物風流の囃辭なるべし一流はくさ〳〵の中の一種の風流の意ほうさいは報賽か報祭かの意にてもと祈願成就の御謝の爲出せる意なるべしやれははやし辭なりほうさい念佛といふ事も古記に見えたるが此ほうさいも前に同意にて佛恩報賽の意なり是を法齋といふ僧又は法西寺といふより爲はじめたる故などいふは附會の説なり狂亂の者を笑ふにきちがひよほうさいよと古くいふも狂人のサヽなどに物をつけてねりありくを狂人にや又報賽の風流にやとおぼめきていひしにて是は同じ語なり

八十一のきさききらかさね  こしき

是は此何曾一部の中の難物にていかにも解きかたしもしは此解はこしきにてはなく解たる語を脱し次に又かけたる語ありてこしきと解たるなりけむをはじめに寫す時ふと行をばあやまりて次の辭を書きて問の脱したるにやあらむさる事寫本にはよくあることなり別に古寫本を得て訂正せば知らるべし

右の意にて脱たりとかりに見てさて此辭をいかに解ならむと考へ見るに后の綺羅かさねは世に十二の御衣などいふにより八十一にくはへて九十三着といふ事にて和田義盛の一門九十三騎の事と解にやともおもへど和田の事なくてたゞちに九十三騎とのみいふべくもなしさらば又きらかさねとあるかさねの語によりて十二を倍して廿四を八十一にくはへ見れば百五となる貢詞の物を百五物といへは是と解くにやと思へど物といふ事のよしなしさて脱文ならむとは思へどもし此まゝにてしひて試に解かば八十一女御といふ事あればそれを后ともいひなして伊勢の御攝津のなといふこともあれば是をごの意としてきらかさねは儀式の意にて御式と解きて甑とかよはしいへるにやあらむこはあまりにせんかたなきまゝにせめていふまでなり猶考ふべし

 

御僧の寮に物忘れしたり  行燈

僧の寮はアンの意なり物忘れはドンなり合せてあんどんと解きたりトウをトンの音にいふ例は宋世以來の轉訛にて今の清世までにいと多くなりたり東京トンキン徑山キンサンスンミン清などの類枚擧に堪へず是らの移れるなりカウをアンの音にいふも同例にて是はアとカと喉音にて通ふ例をカとも三連下火ともいふ類行宮アングウ行在アンサイ行脚アンギヤの類これも猶あり

夏のむし  ひとり

夏の虫は燈をとりによる意にて解きたり但此解きたるひとりは獨の事かまたは火取の事か火取は火を取扱ひ運びなどする器なり是ならは意に轉用なくて興うすくおぼゆ

 

ぬれぶみ  干海松

ぬれぶみは艶書をいふ濡れたればしてる意にて解きたり

夏衣冬ふりにけり  かたびら

此解きたる語もしはかたびら雪とありけむを雪といふ字を寫脱せるにや帷子とのみにては冬ふりにけりといふ事おだやかならず夏衣の名にて冬降る物をかけたる意なればなりかたびら雪とはうすくふれるをたとへいふなりさてかたびらは合せ糸ならず片糸にてよりをも多くかけず平糸にて織るより片平の意なり今もウスモノ精好平セイコウヒラ仙臺早川越平平五泉平などの名多くあり

 

鐵の柱に綱つけて綱をば引かで柱をぞひく  針

かねのはしらは針をたとへいふにて綱つけては針に糸をつけたるたとへなり柱にツナつくるは柱をひくべき爲なるべきを今いふ所はかへりて綱は引かずして柱のかたを揃引て綱をそへてうごかすなりといひて物縫ふさまをたとへ全章みなたとへていふ何曾の一種の體なり

腹の中の子の聲  柱

子の字のコヱはしなり是をはらの中に入るれははしらと解るゝなり

 

つる  手綱

たづもツルのことなりたづのの意にて明なれど同じ名にてまぎらはし

狐のともし火  掛帶

狐の火は尾にともすよしにて尾火の意なり尾に火の掛る意なるべけれどかけの意さだかならずかけ辭のいひさまのわろきなり掛帶は別に上にかくる物なり

 

にがみ〳〵ゆがみ〳〵  帚木

にがむとは顏をしわめてくるしむさまなり源氏物語にあつきにとにがみ給ふとありさてかくきこゆるやうにいひて意はいろはにほへとのにの上ははにてかへむてはゞなりゆがみも曲みたりときかせてあさきゆめみしのゆの上はきなりかへしてきゞなり合せてはゝきゞと解きたり是らいとおもしろし

沖の中の釣ふね浦によする  雨蛙

一本におきの釣船浦によせくるとあり此かたしらべよしおきの釣船は海士アマなり浦によするは歸るなり合せてあまかへると解きたり今俗にあまといへば潜女の事と思ふ人あれどあまは漁人の總稱にて男女にわたれり泉郎又海士とかくも女ならぬ證なり歌に伊勢男のあまともよめるをや

 

いそがしげにもあゆまぬものか  練貫

徐歩するをねるといふは練供養練物などの如しぬきはその事をつくすをいふなり俗言に爲遂るをしぬくといひ見極るを見ぬくといふが如し練貫は絹類にいふ名也

茶は無くばなひきそ  うす折敷

一本茶はなくとあれど誤なるべし茶無くば挽事なかれといひて臼惜しき意にて薄折敷と解たるなり

 

一字千金  紫菀

文字をよみかくは一字千金の賜物にて教へたる師の恩なりとの意にて解きたり例の恩はおん菀はをんにてかなはたがへり

通りざまにひとこぶし  雪打

かけ辭は道を行なから一拳あつる意にて行うちを雪打にかよはし解きたり雪打は戯に童などのする事なり

 

兒の髮なきは法師には劣り田舍におけ  碁石

ちごの上無きはごとなるほうしには尾を取用ふる意にてしなりさていを中に置けばごいしとなるなり石はいし田舍はゐなかにて假字たがへど例の後世の通音なり

 
 

たまづさの中は言葉  松

たまづさの前後をはぶき中を言葉とすればまつなり

戀には心も言も無し  絲

戀の字心も言も無ければのこりて絲の字となるなり

 

嵐のゝち紅黄道を埋む  霜

あらしといふ語の後はしの字なりもみぢのみちを埋みかくせばもの字殘る合せてしもと解きたるなり是もかけ詞いとよし

東おもて  鶉

東は卯の方なり面ほ頬なりすなはちうずらと解きたり

 

西  人麿

にしは日の入とまる方の意にてひとまると解きたり人の名にはまろなれども後世は通はしてもいひ丸ともかけばなり

女房  尼ケ崎

女の世すて人は尼にていまだ世にあるほどは女房なれば尼の以前の意にて解たるなり尼がさきは攝津の地名なり

 

ふみ  巾子(コジ)紙

此ふみは文の事にあらず書籍フミなり書は古き事を記したる紙なれば古事紙の意にて子紙と解たるなり巾子紙とは天皇の御冠に巾子を貫通してあつる紙をいふなり

切重ねたる鱠なま鳥  蟋蟀(キリ〳〵ス)

きりをかさぬればきり〳〵なりなますのなまを取ればすとなる合せてきり〴〵すと解きたるなり

 

隱(カク)せ  白砂(シラスナ)

人にしらすなの意にてかくせと命じたる語なり一本解たる語しらずとあるは誤りてなの字を脱したるなり無くてはきこえず

くへば多しくはねばすくなし  鳥の巣

鳥の巣はかくることをくふといへばくへは子をうみて數多くなりくはざれば子うまぬ故にすくなきものは鳥の巣なりといふ是も古きなぞの一體なれどもきこえにくし

 

たちばな  犬櫻

座をたつはぬなり花は櫻をいへばいぬざくらと解きたり

四々十六  八撥

此何曾は作者の思ひたがへるにて二四八といふべきなり二四はやつなり八は其まゝにてやつばちと解るゝなり四四十六にては四と四とはやつなり十六を撥にあつれば八ッあまりてせんかたなしやつとはちと合せて十六とすれば四々は不用の語なり思ふに解きたる語獅子八撥とあるべきをオトしたるにやあらむさらば四々はたゞちに獅子に當れり望月の謠曲にも兒は八撥をうちあるじは獅子を舞ふ事ありむかしは田樂法師の業なりやつはちは羯鼓にて表裏より撥を用ふればイヤツ撥の意なり他の鼓類はみな片面のみをうつに此物のみ二方よりうてばかく名づけたり

 

道風のゝち佐理手は跡には上もなし  盜跖(セキ)

佐理を去の意にて道風の後の字を去ればたうとなる手跡の上の字も無ければせきとなる合せてたうせきと解きたるなり跖は柳下惠の弟にて兄とはいたく心違ひて盜を專とせし故に綽號して盜跖といふとぞ

西行はさとりて後髮を剃る  經

さい行のさをとりて後又上のいの字をも剃りはつればきやうとなるなりきやうの清濁にはすべてかゝはらず解く例なり

 

紅の糸腐りて虫となる  虹

紅の字の篇の糸腐り變じて虫となれば虹の字となるなり

義朝はよしなき父の首をとり弓取ながら弓を捨けり  友千鳥

よむとものよし無ければともとなるちゝの首をとればちとなる弓とりの弓を捨ればとりとなるを合せて見ればともちどりと解けるなり義朝父爲義を討たる事平家物語などに見ゆ此なぞの歌よく首尾とゝのひ解さまもいとおもしろし

 

ひきての中の塵  篳篥(ヒチリキ)

ひきの中へちりを入れはひちりきとなるなり但ての字あまりてせんかたなけれど建具の引手と聞ゆるやうにいはむとてやむことを得ずかくいへるなるべし

一の谷の合戰に一の名を擧しは九郎判官義經熊谷次郎直實是らはみなかへし合せしゆゑ  鵠(クヽヒ)

一の名を擧るとは第一の聲をあげ用ふる意にていちの谷のいの字九郎判官のくの字熊谷のくの字にてひとつゞきの語はみな捨て用なしさて上の三字是らをみなうちかヘしてよみてくゝいと解たるなり但鵠はくゝひなれども後世下につくひは皆いと口にいふまゝにかよはしてかなたがひにかゝはらず

 

四季のはじめ月のをはり  花扇

四季のはじめは春にて花に逢ふ時なり月のをはりとは四季とも三ケ月のをはりの月の意にて季の意なり季は末にて三月九月を季春季秋といふ是なり合せて花逢季となれば花扇の事と解たるなり花扇の事は前に記せり

盃を寐覺にさゝるゝはよしなきとゞけゆゑ  狐

此なぞ解きにくきをおしはかるに寐覺にいまだ酒機嫌にも無き折から人の盃をさしたるはよしなく不興なる義理だて故に盃は來つゝもわざとさめやらぬ顏にて猶寐たる意にて來つ寐の意にて解たるなるべしとゝけの言ひざま今つけとゞけなどいふ意にて心づけあいさうのさまなり

 

紫のうへかくれしみぎりに源氏のあとをとゞめしはいかに  紙

紫の字上隱るれば糸となる源氏の二字あとの氏の字のみをとゞめて合せ見れば紙の字となるなり源氏物語の卷に紫上うせ給ひ源氏はあとに殘り給ふ意にてさばかりむつまじかりしを共にうせもはて給はぬはととがめたる辭にてよくかなひておもしろし

盃願はくかわく事なかれ  きつね

逆につきをよめばきつなりねがはくの語かはく無ければねとなる合せてきつねと解たるなり乾はかわくにてねがはくとはかなたかへども口稱によりて通はしいへり

 

雨のうちのゐねふり二時過ぬ  あふりめ

一本にねふりとのみあれどさては二時といふにかなはずゐの字の脱たるなりさらずば一時とあるべし居眠を亥子ふりの意に見て亥子の二時過去れはふりとなるをあめの中へ入るればあふりめと解るゝなりさて此あふりめといふ物は何ならむ今針金の編たるをあぶりといふ六角の籠目にあみたれば此物をいふなるべし夏の一種にあふらめといふもあれどそれにはあらじ

鯖かへりたる劒のさき  ひさけ

さびをかへりてよめばひさなりけんの尖はけ字のなりつへらねてひさげとなる此なぞ語よくつゞきておもしろし提子ヒサゲは今いふ銚子にもあたり又湯水をいれて持運ぶ器なれば鑊子片手桶湯桶土瓶やうの物にもあたるなり高貴の方には今もひさげとて用ふれども所によりては名もかはり又見ぬ人もあれば大意を注するなりすべて古き物を今にあてゝ注する事いと難きわざにて名のかはれるあり用ふる所のかはれるありかたちのかはれるありつかひざまのかはれるあり昔一種の物後は五六種にわかれたるもありて一言にいひつくしがたくいひては中々にたがふ事多きことこゝのひさけの如し

 

夕顏のうへうせて後右近がこんといはぬもことわり  かほうり

ゆふがほの上失ればかほとなるうこんをこんといはればうとなることわりは理の字なりつらねてかほうりと解たるなり源氏物語夕顏卷に夕顏の上身うせて後そのつく人の右近を源氏の君まねき給へどもとくもまゐらむといはざりし事見えてその意よくきこえてかけ詞おもしろしさて此かは瓜といふはいづれをさしていひけむ或人は今いふかぼちやなるべしもと柬埔塞より産したる瓜の一種にてかぼちや瓜といひしをはぶきてかくいひしならむといへどいかゞあらむオモふに冬瓜カミウリをかよはしてかくもいふか又は貌花貌鳥など古くいへるはみなうつくしくかほよき花鳥をいへるにて見れば今越瓜の一種にことに白くうるはしくてやゝ常のよりは小きを浪花わたりにて花丸といふ是もし貌瓜ならむか

源氏のはじめ狹衣のはじめ人に申さむ  いせ物語

源氏物語第一桐壺の卷の文はいづれの御時にかとあり狹衣物語の第一の文はせうねむ少年の春はをしめともと書出せり此二かたのはじめの字をとればいせとなる人に申は物語なり合せて伊勢物語と解きたる此なぞたくみによくかなひていと〳〵おもしろし

 

明石の上桐壺の更衣にはおとり  すまい

あかしのうへは明石の入道のむすめ桐つぼの更衣は光源氏の母君にてともに源氏物語に見えたる美婦にてくらべたるさまにいひなしたるなり源氏物語卷の順次明石の卷のうへは須磨なりおとりは尾を取用ふる意にて桐壺の更衣の尾はいの字なり合せてすまいと解たりさてこのすまいとは相撲スマヒ住家スマヒかいづれにてもいとひと假名はたがへど例の後世の口稱の通ふなり劣はおとり尾はをにてこれも同じたがひあり住居とも字をあてゝ書くよりすまゐのかなと心得誤りたる人もあれど居は意にてそへて書くのみにてすみてゐる事にはあらずたゞ住をのべ辭にてすまひといふなりその例祝をほがひネギをねがひ笑をゑまひ忌をいまひといふに同じ

むさし野ははてもなし  むさし

むさし野のはての野字なければむさしなりさて此解たるは武藏の國名かさてはむさし野も同國にて同義なればなぞの詮うすし世にいふ童のもて遊ぶ十六むさしといふ物の意なるべし五雜俎に馬城と出たる物にて日本紀などに城の字をさしとよめればもとうまさしなるをうは例にて省きてもいひまとむと通ひてむさといふならむと祖父の説ありて玉かつまに出たりうまのうをはぶく例は秣は馬艸の意也馬糞マクソなどもいふまとむと通ふ例は蒲原をかむばら鰥寡をやむをやむめ上野國の郷名奈萬之奈に男信と和名抄に見えたるなどなり

 

山を飛ぶあらしに虫ははて鳥來る  鳳

嵐の字山を飛ばせ虫をはたせばカザガマヘのみ殘るに鳥來れば鳳の字と解きたり

車の上に輿はおとれり  櫛

くるまの上はくの字なりこしの尾を取て上に添ふれはくしとなるなり此何曾こしの尾をとり除る意に見ればことなる上のくの字を合せて狗杞クコとも解かるゝなり尾のかなのたがふことはすでに前にいへり

 

谷の虎  たゝうがみ

たにはたの字二つの意にてたゝなり寅は十二支の卯の上にあればつらねてたゝうがみと解きたり簡易コトスクナにいひてたくみにおもしろしすべて何曾いひかけたる語は長く解きたる語は短き物なるに是はかけたるも解たるも五言にて同じほどなるはめづらし前にもこれと體かはり此の如くたくみならずさて疊紙といふは昔はたゞ紙をたゝみて懷にして臨時の用に備ふるをいふ言にて今の鼻紙ハナカミといふに同じ今の世別に厚く美しくして物をつゝむ料にしたる物とは異なり

蟹鷹をはさむ  かたかに

かにの間へたかとはさみて見ればかたかにとなるなりさて此かたかにとはいかなる物ならむ干潟などに居る蟹をいふかさてはかけたる辭に蟹といひあらはしたれば詮少し萬葉集にかたかこの花といふ名見ゆ是はかたき百合といひて百合の一種なりと説あり此ゆりねを干して粉にしたるが世にいふかたくりにて則かたこゆりのつゝまれる名なりもしは此艸の名どにや

 

まろきもの  炭斗(スミトリ)

丸き物はすべて角なくすみ〴〵をとり除きたる意にてすみどりと解きたり

光る君うつろふかたともろともにうせにし君の末をしぞ思ふ  すまひ

光る君は光源氏なり此君のうつろひ給ひしは須磨なりうせにし君は源氏の北の方葵のうへにてあふひの末はひの字なりつらねてすまひと解けり前にいふごとく此すまひも相撲か住樓か知りがたけれど是はいづれにてもかなづかひ正しくかなひてよし

 

長老のふたゝび寺を出たまふ  衝重(ツイガサネ)

僧の寺を出るは追院ツヰヰンの意なり字音の韻を省く例は喜撰右近左近散毬打玄蕃ケンハ勘解由の類許多ありて追院とよむべし二たびはかさねなりさてついかさねと解たりつゐとついとかなはたがへと是も後世の口稱による衝重は今の重箱やうの物なり此頃は白くぬりて遠山をゑがくを俗に遠山臺ともついかさねともいふは誤なり

谷のつらゝはなかばとけたり  蹈鞴(タヽラ)

たにはた二ツの意にてたゞなりつらゝなかばとけたるはつら消て下のらの字殘るを合せてたゝらとなるなり

 

春日の社  奈良紙

かすがのやしろは奈良の神の意にて解たり今の京の紙屋川にて宣命紙などを漉く如く奈良の京の比の紙戸傳はり殘りて後までも漉たるを奈良紙とてもてはやしたるなり

ともし火消なむとす  油坏(アブラツキ)

燈のきえんとするは油の盡たる意にて解たりあふらツキは今いふ油皿のことなりツキはすべて物を盛もしいれもする器の名にて足ありて高きを高坏といひ酒をうくるを酒坏といふすなはち盃盤なり延喜式などに短女ヒキメ坏といふもあり

 

水鳥やめされよ  冬瓜(カモウリ)

水鳥は鴨の意なりめされよは物賣の語にてうりの意合せてかもうりと解たるなり水鳥やのやはうたがひの辭にあらずよにかよふやにて物賣の今もいふ辭なり

片枝かるゝ林は土のあらはれ若みどりのみどりだになし  杜若

林の字片枝かるゝ半をのぞく替辭にて木となるに土をあらはせは杜の字となる若みどりのみとり無ければ若となるあはせて杜若と解たるなり類聚本に土のあかはりとあるは寫誤なりさては土をそふる意に疎し

 

酒のさかな  けさ

さけをかへしてけさとなるさかなは逆名の意にてさけをサカにして名とする意なりけさは袈裟ケサ今朝ケサかいづれにもきこゆ

袷は脊ほころび半臂は半やぶれぬ  鰒(アハビ)

あはせのせ綻ひ去ればあはとなる半臂の半を破り去ればひとなるつらねてあはびと解たるなり類聚本袷はふくろひとありて脊の字脱たりなくてはきこえず半臂は武官などの上に着る物なり

 

宇治橋の上にて伊豆守はうたれ頼政は刀をとられぬ  太秦(ウヅマサ)

うぢはしの上はうの字なり伊豆のカミをうち去れはづの字のこる頼政の片名を取り去ればまさとなる合せてうつまさと解たるなり太秦ウヅマサは京の西の地名にあり類聚本には伊豆守殿とあれど殿の字ありては妨なり一本になきぞよき

はたちの小猿立ながら生るゝ  薩

はたちは艹冠なり小なるは小ざとへむを此ごろ俗言に訛りて小さかへんといひしこと武者物語に見えたればその事なり立ながら生るゝは二字合して産かくの如くかくをいふにて合せて薩の字となるなりさて是はたゞ字畫の何曾なり菩薩布薩などつゞきては物名となれども一字にて薩といふものは無し

 

山雀が山をはなれてやつしては葉もなき萩の上にこそゐれ  唐錦

山からの山をはなてばからとなるやつしてはヤツの意にて二四なりはきの上無きはきにて上ににしきおきつらねてからにしきと解たるなり

もろこしに年をへて歸るをまつ  唐庇の車(カラヒサシクルマ)

もろこしは唐なり年をへては久しの意なり歸るを待つは來る間の意にてつらねてからひさしのくるまと解たるなり唐庇は乘車の一種の造りサマなり

 

六ツは過たるけふの朝かな  龍頭(タツガシラ)

明六ツは卯時なり過れば辰の時のはじめなる意にてたつがしらと解きたるなり某時のはじめをかしらといふ事は古く例あり

帳臺  衾(フスマ)

帳臺はもと二疊臺をすゑ四方に帳をたれたる御寢所にて夜の御殿にある名なり臥間の意にて衾と解きたり衾の事前にいへり

 

猿栗まはす  藥(クスリ)

栗まはすはくりの間はすの字入る意にてくすりとなるなり猿は去る意にて取除きてあるもなきも同じくたゞ粟まはす形容にくはへたるなりされど山猿とか飼猿とか上になほ語ありたしさすればその語の去ることはなくてよきをる意をたゞちにその猿の宇とする故にかへりてまぎらはしくきこゆるなり

やどの柳に花のころなど花の無き  薢(トコロ)

柳はやなき意にてやどのや無ければとの字のみ殘る花のころといふ語花の無ければころとなるを合せてところと解きたるなりなどは何故柳に花なきぞと上よりの語のつづきに置たるにてなぞにはかゝはらずかけたる詞づき意よくきこえておもしろし

 

林の下に鹿妻をかへしてぞ鳴く  梺松が根

林と下を合すればフモトの字なり鹿妻をかへせばまつかと成る鳴くはなり合せて梺まつがねと解たるなり類從本には鹿ををうへしてそなくとあれど寫誤にて語をなさず意もきこえずまた此なぞ林の下に鹿といふを麓といふ字と見てもよきやうなれどもさてはつまをかへしてまつとなりなくのねをそへてはまつねとなりてかの字の解き出し所無しもしはかく解て麓の松がねのかの字の辭はそヘてきくべきにやとも思へど前の如くとかるればしひてかく解にも及ばぬ事なり鹿をかとのみよむは本語にて古くは多く例あり人のよくしれる語にて鹿子カノコ鹿島カシマ出雲の秋鹿郡など猶あるべし

年たちかへるとしのはじめ  鵐(シトヽ)

としの二字たちかへればしとゝなるとしの二字のはじめは又となり合せてしとゝと解たり因にいふ金具の鵐目は此鳥の目に似たるかたちよりの名なり又俗にあをじといふ小鳥は青鵐の略語にて羽青し

 

女房の髮そきたるは風儀には上もなし  帚(ハウキ)

髮そきは上ノキの意にて女房の上の字をそぎさればはうとなるふうきの上無ければきとなるを合せてはうきなり帚は元はゝきのかなゝる事は既に前に云るが如し髮そぎは今にていへげ髮ゆふとなり下髮はたゞとき出しおくれ毛をそぎ捨てあらたにうるはしくする故にそぐといふなり女の髮をあらたにとり上たる時は見まさりして風儀此うへなしとの意にてかけ詞よくきこえておもしろし

古疊  缺唇(イグチ)

古疊は藺の朽たる意にてゐぐちと解たるなり缺唇は和名抄に阿比久知とあるが轉じていぐちとなりたれども猶藺とはかなたがへれども例の後世の口稱によりて通はしたるなり

 
 
 

永正十三年正月

永正は後柏原院天皇の年號にて十三年は丙子の歳なり足利義植大將軍の政申給ふ世にて後奈良天皇未だ即位ましまさず春宮にて座しましゝ御時の御撰なり此天皇は後柏原院第一皇子にて御諱知仁と申す御母は豐樂門院なり明應五年後土御門院の御年の降誕にて永正十三年は二十一歳にならせ給へり是より後十一歳をへて大永七年即位亨祿天文をへて弘治三年十巳歳崩御寳算六十二歳天下を知しめす事三十一年なり

後奈良院御撰何曾一卷以一本校合畢

嘉永二年正月十一日 君上白去年十二月御所管中爲御慰加注解可差出旨承 命白即日起稿割半爲中卷淨書而同十七日献之爾来卒番以下又淨書爲下卷竟酉二月朔日再献之右畢數日之間 元來承 命所之謠曲一番述作之以正月廿八日献之稽有別卷以此餘暇急卒之解也追而可遂再考於上卷者以諸書散在之何曾雜考他日欲輯録矣

本居 内遠

 

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